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他人の美しい風景 津村記久子

 数か月前から、インスタグラムを一応見るようになった。理由は、数年間観(み)ていなかったけれども今シーズンから観ることを再開する競技があって、様変わりした選手層について知りたかったからだ。他にもいろいろな競技の選手をフォローしている。自分自身はゴミみたいな生活をしているので投稿はしない。

 話がいきなり逸(そ)れるけれども、わたしはだいたいなんでも文章で説明してもらって理解する方だ。図像のどこを見たらいいかわからない。人物が前面に出ていても後ろのガードレールやテーブルにあるものばかり見てしまう。常に気が散っている。

 なのに楽しく見ている。その選手が何に関心があるかがけっこう出る。シーズン中に自分の競技中の画像を投稿して終わり、という選手もいれば、オフシーズン中も頻繁に投稿するまめな人もいる。

 最近毎日通知がやってくる選手がいる。インスタにはまっている。オランダの自転車の選手だ。投稿しているのは、主にその日の練習で見た美しい風景で、後は自分やチームメイト、そして子供たちの画像だ。とても写真がうまい選手でもあるので、風景の画像には見入るものがある。毎日なにがしかの風景を「きれいだ! 人に見せよう!」と思っているようだ。

 その選手は怪我(けが)をよくしていた選手であることを思い出してはっとした。よく言われる「ガラスのエース」だった。三十代の今はエースではない。二十代で父親を亡くし、心臓の手術をした。だからその選手の撮影したものに心が動くのだと言うと失礼だろうし、困難な人生でなくても、見る風景を毎日きれいだと思っている人は興味深い。それでも、その選手が今日もきれいな風景を投稿しているのを見ると、人生は捨てたものではないというまっとうな感慨が浮かび上がってくる。

 吹けば飛ぶような気持ちかもしれない。けれども日々をやり過ごすことの底には、たぶんそういう肯定が降り積もっている。=朝日新聞2021年2月10日掲載

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