1. HOME
  2. コラム
  3. 私の本は、
  4. 中谷美紀さん「オーストリア滞在記」インタビュー 山の中の家、日常を取り戻す

中谷美紀さん「オーストリア滞在記」インタビュー 山の中の家、日常を取り戻す

中谷美紀さん

 4年前、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団に所属するビオラ奏者の夫と知り合い、このごろは1年の半分をオーストリアで過ごしています。20年以上、演じるというものすごくエネルギーを要する仕事に、半ば日常を犠牲にして向き合ってきた日々からすると、今の暮らしは考えも及ばなかったことです。

 昨年3月、東京でドラマの撮影をしていたら、新型コロナウイルスの感染拡大を心配した夫が迎えに来てくれました。クランクアップした日の深夜に飛行機に飛び乗って、国境封鎖をし始めたオーストリアに入国できたのは奇跡的でした。

 かつて『インド旅行記』を出した出版社からのお話で、もともとはオーストリア中を車で旅して書こうと思っていました。ところがロックダウンになってしまって、ドイツ語の学校にも通えず、人に会う機会もなく。諦めて目の前の身近な日々を日記形式でつづりました。昨年5月から7月の生活雑記です。

 家はザルツブルクの中心から車で45分の山中にあります。夫自ら改装し、目下2人で庭造りに励んでいます。テラスで朝食をとり、掃除が済んだら、オンラインでドイツ語の勉強をし、午後は近くの山を歩いて山野草を摘んできて家に飾る。家にあるもので簡単な夕食を作る。本当に長い間ないがしろにしてきた、なんでもないただの日常を取り戻している最中です。

 夫には前のパートナーとの間に8歳の娘がいます。ときどきいっしょに料理をしたり遊んだりします。仕事と子育ての両立はできないと20代で出産しない選択をしましたが、彼女は私の人生を豊かにしてくれました。ドイツ語を教えてくれる一方で、私の思う通りには動いてくれない存在に、良い意味で諦めが身につきました。

 仕事は大変な役ばかりで、毎回ゼロからのチャレンジです。新しい作品が始まらなければいいと思うほど。でも、終わったらザルツブルクに帰ればいいと頭にあると、気持ちが楽になって、仕事にも集中しやすくなりました。(聞き手・久田貴志子 写真・伊藤彰紀)=朝日新聞2021年2月17日掲載