杉江松恋が薦める文庫この新刊!
- 『蒼海(あおみ)館の殺人』 阿津川辰海著 講談社タイガ 1210円
- 『伝染(うつ)る恐怖 感染ミステリー傑作選』 千街晶之編 エドガー・アラン・ポオほか著 宝島社文庫 990円
- 『憐(あわ)れみをなす者』(上・下) ピーター・トレメイン著 田村美佐子訳 創元推理文庫 各1100円
(1)内外のミステリーを広く読み漁(あさ)って素養を身に付けた作者による、アイデア量豊富な長篇(へん)である。シリーズの二作目だが、もちろん本書だけで楽しめる。
高校生ながら名探偵の資質を持つ葛城輝義は、ある事件で心に傷を負い、自宅に引きこもっていた。彼を心配した〈僕〉こと田所信哉は葛城邸を訪ねる。だが、そこで彼を待ち受けていたのは禍々(まがまが)しい殺人劇だった。止まらない豪雨の中、洪水の危機も迫ってくる。
探偵小説に関する思索と謎解きの興味が結びつき、堅牢な物語構造を作り上げている。必読の一冊だ。
(2)はおそらく世界初の、感染をテーマにしたミステリー・アンソロジーだ。全八篇のうち皆川博子「疫病船」は、ある殺人未遂事件を担当した国選弁護人が、被告の悲惨な過去を知っていくという趣向で、運命の残酷さを思い知らされる。ホームズもののコナン・ドイル「瀕死(ひんし)の探偵」、コロナ禍を背景とした水生大海(みずきひろみ)「二週間後の未来」など収録作は多岐にわたり、お得感も十分な短篇(ぺん)集である。
(3)七世紀アイルランドを舞台にした歴史ミステリー・シリーズの最新作である。自分の人生を見つめ直す旅に出ていたフィデルマは、船の中で同じ修道女の殺人事件に遭遇する。捜査権を委任されたフィデルマに、犯人を指摘することはできるのか。
フィデルマは、修道女にして法律家の資格を持ち、さらに王家に連なる者でもあるという超人的な主人公だ。名探偵が活躍する現代屈指の物語を、ぜひこの機会に。=朝日新聞2021年3月6日掲載