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「蔣介石の書簡外交」書評 駆け引きを活写 変わる人物像

評者: 保阪正康 / 朝⽇新聞掲載:2021年03月13日
蔣介石の書簡外交 日中戦争、もう一つの戦場 上巻 著者:麻田 雅文 出版社:人文書院 ジャンル:外交・国際関係

ISBN: 9784409510889
発売⽇: 2021/01/29
サイズ: 20cm/254p

蔣介石の書簡外交 日中戦争、もう一つの戦場 下巻 著者:麻田 雅文 出版社:人文書院 ジャンル:外交・国際関係

ISBN: 9784409510896
発売⽇: 2021/01/29
サイズ: 20cm/254p

蔣介石の書簡外交 日中戦争、もう一つの戦場(上・下) [著]麻田雅文

 蔣介石を語るには、どのような表現がふさわしいのだろうか。私的なことになるが、かつて次男の蔣緯国や孫にあたる蔣孝勇に話を聞いた時に、蔣家、宋家、孔家、陳家の四大家族の中で、「軍」を担った誇りを聞かされた。その誇りはこの一族の柱になっている。
 本書を読み進むうちに、軍に加えて、「党」を超えて世紀前半の「国」の柱であることがわかる。この書の特徴は、台北の国史館からネットで公開されている蔣介石の書簡を読み抜き、さらに既刊の書簡集や日記類も参考に、1935年から45年までの各年ごとに蔣介石の心理や政治的思惑を活写していることだ。
 言うまでもなくこの期間は抗日戦争、そして第2次世界大戦の時代であり、各国指導者の権謀術数が渦巻いた。国力が脆弱(ぜいじゃく)だった中国は、蔣介石の書簡外交で身を立てる以外にはなかったのだ。ドイツやイタリア、ソ連、アメリカ、イギリスからの援助の引き出し、さらに国際社会の中で目まぐるしく変わる敵味方の関係――不信、猜疑(さいぎ)、信頼のサイクルがその書簡から浮かび上がる。特にスターリン、チャーチル、ローズヴェルトなどとの間で交わされる往復書簡は歴史の証人にもなっている。
 例えばチャーチルの書簡について、あるときは「誠実で真摯(しんし)、一つの心の慰めとなった」と日記に書く。しかし、アジア戦線に消極的なときには日記で「『狭隘(きょうあい)浮滑』、自私頑固の八文字」の人物と罵(ののし)る。スターリンを畏敬(いけい)するかと思えば、将来は次なる敵と見てもいる。著者は驚くほど丹念に書簡を読み、日記に触れ、蔣介石の全人格を理解したとの自負があるのだろう。本文中の記述には「ごねる」「あがく」といった類いの動詞をしばしば用いている。
 本書によってたしかに蔣介石の人物像が変わるように思う。反共に徹した軍事指導者像は一度解体する必要がある。存亡を賭けての戦いに生きた、したたかな政略家であった。
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あさだ・まさふみ 1980年生まれ。岩手大准教授(東アジア国際政治史)。著書に『中東鉄道経営史』など。