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黒川創さん「ウィーン近郊」インタビュー 自分の経験「わかるため」

作家・黒川創さん

 兄が四半世紀暮らしたウィーンで自死した。日本から駆けつけた妹は手続きや葬儀のため、兄が頼った教会関係者や元同僚をたどっていく。現地で対応する大使館領事の視点を交え、一人の男のままならない半生がおぼろげに浮かんでくる。

 日本に居場所を見つけられず、ウィーンでも最後まで異邦人だった。自身も生きづらさを抱える妹は、兄の「たいしたものじゃなかった」人生をかみしめ、それぞれのさみしさを思う。「人生の潮時を見失う人間はたくさんいる。その意味を見るということではないかな」

 黒川さんの弟も一昨年、長く暮らしたウィーンで死を選んだ。「身内の死は、重くみえたり軽くみえたり、不思議なもの」という。

 時間の経過などは事実の枠組みを使っているが、私小説ではない。黒川さんは男2人女1人の3人きょうだいの長男だが、本作は兄と妹の2人。視点人物は妹になっている。

 とはいえ、いや応なしに思い出す作品がある。父が自死し、直後に祖父も病死した経験をもとに書かれ2001年の芥川賞候補になった「もどろき」。主人公は3人きょうだいの長男で、作家志望だった。

 今作では黒川さんの立場にあたる人物は消えている。妹や第三者としての領事の視線も、自身の中にあるものだろう。さらに、世界を俯瞰(ふかん)するようなもう一つの視点がある。

 今回の作品を通じて「自分が経験したことの全体像」を表現しようとしたと言う。「こういうことだったのか、とわかるために書いている」

 それは、事実をそのまま引き写すこととは違う。史実やギリシャ悲劇、風景描写など様々な素材を組み合わせることで「世界の触感を取り出せるのではないか」。そこに小説の力がある。「自分は書くことで、なんとなく支えられているから」(文・写真 滝沢文那)=朝日新聞2021年3月27日掲載