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美しく繊細な文章で綴られる海洋冒険小説「ロード・ジム」など 小澤英実さんが薦める新刊文庫3冊

小澤英実が薦める文庫この新刊!

  1. 『ロード・ジム』 J・コンラッド著 柴田元幸訳 河出文庫 1562円
  2. 『終身刑の女』 レイチェル・クシュナー著 池田真紀子訳 小学館文庫 1243円
  3. 『月』 辺見庸著 角川文庫 1034円

 (1)世界中の作家たちが師と仰ぎ、二十世紀以降の文化に多大な影響を与えてきたコンラッドの最重要作品。眠り込む八百人の乗客を見捨て、沈没する船から脱出した若き航海士ジムの数奇な運命を辿(たど)る。海洋冒険小説としての躍動感、人間という謎をめぐる深い洞察、幾重にも仕掛けられた語りのたくらみ。それらが蝶(ちょう)をピンで留めたような美しく繊細な文章で綴(つづ)られるこの小説には、読むことの愉楽が全て詰まっている。

 (2)ストーカーを殺(あや)めた罪で終身刑を受け、服役中のシングルマザーのロミー。だが、実母の事故死で最愛の息子が消息不明になってしまう。トランスジェンダーの受刑者の処遇や禁制品を持ち込む裏技といった刑務所ならではの描写がめっぽう面白く、個性豊かで逞(たくま)しい女囚たちも魅力的。だが、彼女たちがみな貧困・虐待・性差別など過酷な環境の犠牲者だという点が、アメリカ社会のゆがみをなにより雄弁に物語る。

 (3)相模原殺傷事件から着想を得た小説。豊穣(ほうじょう)なイメージの奔流から、強靱(きょうじん)な思弁の鋭い刃が突きつけられる。ベッド上の「かたまり」であるきーちゃんと園の職員であるさとくん。それぞれの視点からの語りは、被害者も加害者も自分自身であるという作者の確固たる信念の表れだ。読者もまた、それを引き受けてはじめてみえるものがある。善と悪、正常と異常、「かれら」と「われら」の線引きに安住せず、「ひととはなにか」という問いに真に向き合うことに駆り立てる、文学の力を見せつける作品だ。=朝日新聞2021年4月3日掲載