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たぶん何かが訪れる 津村記久子

 自分はすごく落ち込みやすいけれども、かなり簡単に立ち直る方だと思う。気分屋の人が苦手なので、自分でこう言ってしまうのはなんだか抵抗があるのだけれども、「落ち込み→機嫌がいい」ではなく「落ち込み→立ち直り」程度の気分移動なので許していただきたい。

 これまでおびただしい回数落ち込んだせいで、立ち直りのノウハウはおそらく保持している。他人は全員忙しいので、人に慰めてもらうとかではない。曲を聴いたり、テレビを観(み)たり、本を読み返したり、散歩に行ったりして自分でなんとかする。

 最近も落ち込んでいる。ウイルスの感染拡大はなかなか収束を見せない。しかし感染拡大のせいで外出時用と自宅用のプレイヤー(メモ用の昔のスマートフォンに安い大容量のマイクロSDを足しただけ)を使い分けるようになって、これまで以上に音楽を聴く時間が増えたため、自分の好きなジャンルだけとはいえ必然的に音楽に詳しくなった。それで励まされている。まとめると以下だ。「エモが復興している。若くて曲が書けて、興味深い主題を取り扱う演奏がうまいバンドがたくさん出てきている。自分はちっとも音楽に詳しくなかったことがわかった」。わかってないことがわかって幸福なのは希望のあることだ。それでわたしは落ち込みから立ち直った。

 わたしは単に運が良くて、好きな音楽のジャンルは風前の灯火(ともしび)で、好きなチームは負けが込んでいるという人がいるかもしれない。でも明日の夕焼けはすばらしいかもしれない。電車の窓から、心を奪われるような建物を見つけるかもしれない。

 自分の時間が流れるのと同じように、他人の時間も流れる。彼らの自身のための身振りが、それを見た誰かを救い出すことがある。また落ち込むことがあっても、自分はそのことをとにかく知っているので、聴いたり観たりしに行く。

 (註〈ちゅう〉)エモ:音楽のジャンル。歌が感情的で楽器がやかましく、聴くと気が晴れるのが個人的には特徴。=朝日新聞2021年4月7日掲載