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「ふたりぐらし」など 新井見枝香さんが薦める新刊文庫3冊

新井見枝香が薦める文庫この新刊!

  1. 『ふたりぐらし』 桜木紫乃著 新潮文庫 649円
  2. 『本のエンドロール』 安藤祐介著 講談社文庫 1012円
  3. 『かなしきデブ猫ちゃん』 早見和真・文 かのうかりん・絵 集英社文庫 770円

 (1)元映写技師の夫・信好と、看護師の妻・紗弓の静かでつましいふたりぐらし。親の反対を押し切ってまで結婚した彼らにも、口にしない思いがある。呆(ぼ)け始めた母親とのこと、折り合いの悪い母親とのこと、お金のこと、子供のこと。後ろめたさに小さな噓(うそ)を重ね、息苦しさを感じて相手を遠ざける。それでも続ける結婚生活って何なのだろう。夫婦それぞれの視点から丁寧に綴(つづ)られる物語は、結婚に夢を抱けない読者をも「結婚っていいな」の境地に導く。

 (2)映画の本編が終わったあと、延々と続くエンドロール。それは作品を観客に届けるために、様々な役割の人間が、それぞれの仕事をした証拠だ。しかし本の奥付にあるのは、せいぜい印刷所と製本所の会社名くらいである。だが作家が紡いだ物語が書店に並ぶまでには、決して表に名前が出ない人々の仕事があった。裏方である印刷会社が舞台の、血の通ったエンタメ小説が、今その手にある本の価値をも変えるだろう。

 (3)今や愛媛で「デブ猫ちゃん」を知らない者はいないらしい。着ぐるみが歩けば大にぎわい、おはなし会も大盛況だ。その猫は、愛媛に移住した小説家と、愛媛生まれの絵本作家による童話の主人公である。道後に住む彼が愛媛を旅する冒険では、美しい海や名産のみかん、名物のじゃこ天や土地の人の温かさが、猫の目を通していきいきと描かれる。今年12月には、愛媛向けでNHKアニメ化も決まった。デブ猫ちゃんが愛媛を飛び出し、日本中を旅する日も近い。=朝日新聞2021年4月17日掲載