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長尾玲子さんの刺繡絵本「ざっそうの名前」 午前中の光の中で色を決めて、布を握りしめて

文:坂田未希子、写真:福音館書店提供

名前が知りたくなる本に

――ある夏の日。おじいちゃんのうちへ遊びに行った太郎くんは、庭や畑のまわりにたくさんの草花を見つける。「おじいちゃんがうえたの?」「ちがうちがう、いつのまにか、じぶんで生えてきた、ざっそうだよ」。ヒメジョオン、トキワハゼ、イヌビエ、スズメノカタビラ――。太郎くんと一緒に雑草の名前を知ることができる長尾玲子さんの『ざっそうの名前』(福音館書店)。色とりどりの刺繍で描かれた雑草たちはかわいらしく、身近な草花が愛おしくなる絵本だ。

 これまでに出版した絵本は8冊、全て刺繍で描いています。18歳の時に「デンマーク刺繍展」を見て、刺繍に惹かれました。ある作家さんの作品が、人物、植物、建物をクロスステッチで刺していて、その描写力に感激しました。刺繍でこんなことができるのかと。それから刺繍を始めました。もともと絵を描きたかったのですが、絵の具などでは思うように描けなくて、でも刺繍は思い通りにできたんです。それ以来ずっと、刺繍で絵を描いています。

 『ざっそうの名前』は、編集者さんから「草花の名前をテーマにお話を作りませんか」という提案があり、作ることになりました。当時、草ボーボーの庭付きアパートに住んでいて、草むしりをするうちに雑草が好きになっていたこともあり、雑草が一番賑やかな夏を舞台にお話を考えました。夏の一日、編集者さんと一緒に歩き回り、見かけた雑草の中から本で確実に確認がとれたものを候補にして、お話に出てくる家の裏、表、畑の周りなど、場所に合った種類を選びました。

――同じような草花でもよく見るとぜんぜん違うことに気づいたり、名前の由来を知ったりするのもたのしい。

 編集者さんと度々話していたのは、図鑑のように名前を知るための本ではなく、花に名前がついているということを話している本にしたい、ということ。何かを好きになると名前を知りたくなる。気になる男の子の名前や、好きな俳優さんの名前を知りたいと思うのと同じように、「かわいい花だね」「なんていう花だろうね」という感じで草花を好きになってもらえたらいいなと思っています。おじいちゃんと孫にしたのも、教えるというよりも、ほのぼのとした感じにしたかったので。かといって、メルヘンチックにもしたくなかったので、男の子にしました。

『ざっそうの名前』(福音館書店)より

――草花に触れたときの手触りが伝わってくるのは刺繍だからこそ。写真や絵とは違うリアルさも感じられる。

 モチーフとして花を描くことはありましたが、実際の草花を刺すのは初めてでした。草花が好きな方はとっても詳しくご覧になるので、ちゃんと見て、ちゃんと描かなくちゃと思いました。ハルジオンとヒメジョオンなどよく似ているものは難しかったです。ヒメジョオンを刺したいのに、ハルジオンになってしまったり。パッと見て、その植物に見えるように刺繍するのに手がかかりました。

同じ刺し方はできない

――最初に作品が発表されたのは月刊誌「おおきなポケット」(2010年7月号・福音館書店)。その3年後に絵本として出版されることになった。

 もともと8ページの作品だったので、出版するときにページを増やしました。できあがったものを見ると、最初と3年後では、刺し方がぜんぜん違っているように感じます。最初は、ちゃんとできるか怖くて緊張して刺していたので、そのピリッとした感じが刺繍に表れていて、同じ刺し方はできないなと思います。今もそのときに作ったページ、特に7、9、19ページの絵には愛着がありますね。

『ざっそうの名前』(P6-7、福音館書店)より

――刺繍の魅力は色使いにもある。

 刺繍用の糸は国産メーカー2社、海外メーカー2社の同じ太さの糸を使っています。メーカーによって微妙に色が違うので、例えば、白色は3社から出ている7色を使い分けています。緑色もさまざまです。どれも本当にきれいなので、刺すときにモチベーションが上がるというか、高揚感を覚えます。

 色選びは描く上で一番大切なので、午前中の光の中で色を決めて、夜作業することが多いです。そう言うと笑われたりするんですけど、やっぱり朝と夕方では色が違うような気がします。夜に色を決めて朝見たら嫌いになることがありますが、逆はないので、朝見たものが確かかなと思っています。

 印刷屋(NISSHA)さんにも感謝しています。これだけ色の違いがわかるように印刷するのはすごいなと思います。白い布地に白い糸を刺してもちゃんと見えるし、刺繍の立体感はもちろん、影が出ていないところもすごいなと思います。

『ざっそうの名前』(福音館書店)より

――花はなんでも好きという長尾さんですが、虫は苦手とか・・・・・・。

 蝶々もダメ。顔があるのが苦手です。本の中にも少し出てきますが、資料を見なければいけないときはキツかったです(笑)。

 刺繍をするとき、一般的には枠を使って刺していきますが、私は使わずに左手に布をぐしっと持って刺しています。私にとって、ハンカチを握りしめると安心するみたいな、布の柔らかさの安心感みたいなものを得られるのが刺繍の魅力でもあります。

 デンマーク刺繍に出会って、デンマークに留学しましたが、街の景色や家のたたずまい、光の感じがとても印象的で、行っていなかったら作品も違うものになっていただろうなと思います。今後はクリスマスにちなんだものやドイツの聖ニコラウスのお話を作りたいと思っていますが、明日には違うものが作りたくなっているかもしれないので、それも楽しみです。