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松家仁之「泡」 寄る辺なき世界、少年は生きる 

 青春小説と銘打たれている。王道の、と言っていい。ほかほかと暖かい春の一日、ゆっくりと、しかし一気に、松家仁之(まさし)著『泡』を読んだ。休日の過ごし方として申し分ない。著者の新作は、出るたびにそう思わせてくれる。

 1970年代、高校になじめない少年が東京を離れ、海沿いの地方の町でひと夏を過ごす。ジャズ喫茶を営む大叔父と、店にふらりと現れて居着いた青年がいる。それぞれに修羅場を経た大叔父と青年のたたずまいが、とてもいい。世代の違う3人が交差し、人が生きるとはどういうことか、少年は手がかりを見いだしていく。

 死のイメージをちりばめつつ、爽やかで満ち足りた読後感を残す作者の手並みは素晴らしい。音楽も効いている。ジャズは「ひとりの個人が出す音と、もうひとりの別の個人が出す音のやりとり」だとは、少年のつぶやきである。

 生きづらさ、と殊更に言われる時代になった。だが世界と自分に折り合いのつかないのが10代の常ではないか。本作は、その普遍を巧みに織り上げた。(福田宏樹)=朝日新聞2021年5月1日掲載