時は昭和、日本に娯楽が少なかった60年ぐらい前のこと、芝居見物は人々にとって一番の楽しみだったそうです。その後、テレビなどの新しい娯楽により大衆演劇の人気は低迷しましたが、旅役者たちは温泉などを巡業し、その文化を守ってきました。『わたしの舞台は舞台裏 大衆演劇裏方日記』(木丸みさき、メディアファクトリー)は、そんな大衆演劇の裏方の仕事を描いたコミックエッセーです。
著者で主人公の木丸みさきさんの仕事場は、大阪にある大衆演劇専用の芝居小屋・すずめ座。100席ほどの劇場の裏方のすべてを一人で仕切っています。ちなみに大衆演劇の世界では、裏方のことを「棟梁(トーリョー)」と呼び、その仕事は幕の開け閉めや舞台転換、大道具をセットするなど多岐に渡っています。
大衆演劇にはリハーサルという言葉がなく、芝居前にあるのは簡単な打ち合わせのみ。「序幕、川町、下手に茶店、上手に柳とボカ……」という演劇用語を使い、たった数分で1時間の芝居を打ち合わせてしまいます。さらに劇団は喜劇、人情劇、悲劇など100以上の芝居のレパートリーを日替わりで上演しているため、裏方はあらすじも配役もよく知らないまま舞台の準備をして、ぶっつけ本番で幕を開けることも日常茶飯事。同じ芝居でも昼と夜の部で役者の気まぐれでセリフが変わってしまうこともトーリョーを悩ませます。また、役者によって幕を閉めるスピードにも好みがあり、芝居は常に変化する生き物であると日々痛感しているのだそうです。
舞台に彩を添える小道具を作るのも主な仕事です。木丸さんが今まで作ったのは、看板や表札、刃物、あんどん、刀掛けなど様々。江戸時代の日用品が多く、資料も手に入りづらいため、骨董市に行って古い道具の研究をすることもあるのだとか。ある時は喧嘩のシーンで使いたいと、両手で抱えるくらいのサイズの石を頼まれ、方々探し回った挙句、電車で5駅離れた川の中で見つけたことも・・・・・・。
本書によると、すずめ座のような大衆演劇専用劇場はほとんどが下町にあり、地元のお客さんが多いのが特徴です。そのほとんどが常連で、昼の部を鑑賞した後いったん外出し、夜の部のために戻ってくるという、まさに1日の大半を劇場で過ごす人もいます。慣れ親しんだ劇場のため、わが家のように自由気ままなお客さんも多く、舞台転換中に「クーラー弱めて」と言ってくるなど、思わずクスッと笑ってしまうような場面も多いのだとか。
劇団は毎月各地の芝居小屋から芝居小屋へと引っ越しをするのですが、すずめ座の常連たちは千秋楽の公演の後、劇団の引っ越しを手伝い、次の劇団を迎えるという文化があるといいます。どこかあたたかいお客さんの心意気と、生活の場に密着した異空間、その舞台を裏で支える人がいるからこそ、役者は安心して舞台に立てるのです。
「わたしの舞台は舞台裏」で知る、大衆演劇あるある!?
- 座長クラスになると芝居なら1回、映画なら2回観ればセリフを覚えてしまう強者がいる
- 芝居の演技が下手だと本番でも座長がダメ出しすることもある。そのユルさが大衆演劇の魅力の一つでもある
- 叩くとカチカチと手を叩くような音がするグッズがあり、ボトルキープならぬ、「マイカチカチ」をフロントにキープしている常連もいる
- 血のりは消耗品のため、頻繁に作る必要がある。実は卵を使って作られる
- 舞踏ショーの場合、白無地の幕があり、役者の姿が照明にあたるその姿は裏からみていると切り絵の様に美しく、裏方の密かな楽しみでもある