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「福島モノローグ」 よどみ・迷いの跡 人間がそこに 朝日新聞書評から

評者: 江南亜美子 / 朝⽇新聞掲載:2021年05月08日
福島モノローグ 著者:いとう せいこう 出版社:河出書房新社 ジャンル:ノンフィクション・ルポルタージュ

ISBN: 9784309029498
発売⽇: 2021/02/26
サイズ: 20cm/201p

「福島モノローグ」 [著]いとうせいこう

 紛争地帯で聞き取りを続けるジャーナリストのカロリン・エムケは、こう言う。極度に悲惨な体験をした人の多くは、自らのトラウマを打ち明けもせずに沈黙するが、真に信頼できる聞き手が現れたとき、「それ」は声となって表出され、語り手はやがて人間性を取り戻していくのだ、と(『なぜならそれは言葉にできるから』浅井晶子訳、みすず書房)。
 エムケも大事にする、当事者による言語化の難しさを傾聴で受け止めるというプロセスを経て、『福島モノローグ』はおそらくできあがっている。東日本大震災の被災者11人と著者がそれぞれ対話を重ね、その話を書き記したドキュメンタリーだが、著者の発話や問いかけは消され、語り手のモノローグ(独白体)の形式をとる。
 まず登場するのは、東京電力福島第一原発が立地する福島県大熊町で牛の保護と放牧を行う女性だ。帰還困難区域で、むごくも遺棄され餓死した牛たちを目の当たりにしたことで、どんどんと自ら農家や行政と交渉し、牛の糞(ふん)の放射性セシウム値の計測を始めた。「私はとにかくただ牛を生かしたいコンビニ店員です」
 あるいは富岡町から移った先の郡山市の避難施設で、富岡の住人のための災害FMを立ち上げた女性もいる。ラジオで流れる方言やローカルな情報が故郷を追われた人々の孤独を癒やし、縁を結び直し、福祉として機能したという実感を、しみじみと語るのだ。
 彼女らの行動にはバイタリティーがあふれるが、裏側にはつねに困難に向き合った痛みや死に対するやり場のない思いがある。それは語りにも表れる。本書で語り手となる11人の女性たちの話しぶりは、ときによどみ、行きつ戻りつする。津波で父親を亡くした別の女性は、核心を避けるような身の上話や雑談のあとで、こう吐露する。「話をすると泣いてしまうのでずっとしゃべれなかったんです、父のことは」。そして不可知な符合についても告白するのだ。
 聞きとった内容をどう一文に凝縮・圧縮するか、つまり「情報化」の手際の良さが、ノンフィクション作家の技術の見せどころとされるが、著者はあえて迷いの痕跡や話し癖を残した。整理されすぎない言葉は、血も神経も通う一人の人間がそこにいるという存在の確かさを示す。何を体験したかの証言でなく、体験がもたらした心情を読者にじかに伝えるのだ。
 震災で家族と離別した主人公が、現世と死者の世界の境を越えて呼びかける小説『想像ラジオ』の著者が、本作では、生者のナマの声を収集し、水平的に被災地と交わった。被災地を記憶すること。これらの仕事は、文学と社会の結節点の意味を持つ。
    ◇
1961年生まれ。作家、クリエーター。活字、映像、音楽、テレビ、舞台などで活躍。小説に『想像ラジオ』『夢七日 夜を昼の國(くに)』など。ノンフィクションに『「国境なき医師団」を見に行く』など。