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「逃亡者の社会学」書評 白人女性学者が描く差別の現場

評者: 生井英考 / 朝⽇新聞掲載:2021年05月15日
逃亡者の社会学 アメリカの都市に生きる黒人たち 著者:アリス・ゴッフマン 出版社:亜紀書房 ジャンル:社会学

ISBN: 9784750516387
発売⽇: 2021/03/26
サイズ: 19cm/495p

「逃亡者の社会学」 [著]アリス・ゴッフマン

 アメリカの論壇で大きな論争の的となった若手社会学者のデビュー作である。
 原題の「逃走中――アメリカ都市における逃亡生活」はさながら犯罪ノンフィクションのようだが、邦題はそこに「黒人」と「社会学」を加えて日本の読者をある「読み」へと導く。本書はいわば、ふたつの層で成り立っているのである。
 ひとつめはフィラデルフィアの黒人街に住み着いた若い白人女性による、黒人の若者が「犯罪者にされる仕組み=社会環境」を解き明かした参与観察のルポルタージュ部分である。
 原著が刊行された2014年前後は白人警官らによる黒人青年の殺害や暴行が頻発し、「ブラック・ライブズ・マター」運動が始まった時期と重なる。そこで浮上したのが「制度的差別」。自助努力しようにも機会は奪われ、近隣の治安に当たる警察も何かにつけて職務質問と検挙を繰り返し、刑務所送りの恐怖を植え付ける。こうしていつしか官憲の目を盗む「逃亡者」にされてしまう身の上を本書は現場の目で細密に描き出して、一躍学界のほか論壇の注目まで浴びたのである。
 他方、本書は若い社会学者が博士論文に書いたエスノグラフィー(民族誌)でもある。それゆえこの層では細密なルポの舞台裏が明かされ、有名な社会学者を亡父に持つ恵まれた白人女性が何を動機にどう対象と関わり、いかなる困難や内面の危機にまで遭遇したかをつまびらかにする。
 「方法論ノート」と題するこの付録部分は約90ページもある独立した論文だが、著者は末尾で、仲間が殺された怒りから報復殺人の衝動に駆られる自分がいたことを告白する。こうした姿勢に研究倫理違反の疑いありとして巻き起こった論争の経緯は訳者解説に譲ろう。
 評者自身はそこに記された「当事者」感情とそれを見逃さなかった著者の意識こそ、今日の「差別」や「格差」や「分断」問題の根幹に触れる本書の最も重要な示唆だと思うのである。
    ◇
Alice Goffman 1982年生まれ。米国の社会学者。ウィスコンシン大やポモナ大の教員を歴任。