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「福島原発事故とこころの健康」書評 被災者の痛みを癒やす政策とは

評者: 坂井豊貴 / 朝⽇新聞掲載:2021年05月15日
福島原発事故とこころの健康 実証経済学で探る減災・復興の鍵 著者:岩崎 敬子 出版社:日本評論社 ジャンル:経済

ISBN: 9784535559776
発売⽇: 2021/03/15
サイズ: 21cm/184p

「福島原発事故とこころの健康」 [著]岩崎敬子

 起こった災害を、無かったことにはできない。被災で受けた傷を、ゼロにすることもできない。それでも心の痛みを、減らすことならできるだろう。では、どうすればうまく減らせるのか。効果的な政策とはいかなるものか。著者はこの問いに実証経済学をベースとした学際的手法で挑む。
 調査には、被災で避難を余儀なくされた、福島県双葉町の人々が多く協力している。著者が示した結果の一つはこうだ。避難先で同郷の隣人を多くもつ人は、信頼感の高まりによって、心の健康が良くなる傾向をもつ。この結果の政策的含意は、仮設住宅の入居先を決める際には、被災前のつながりに配慮すべきだというものだ。これはあくまで一例であって、著者は「こころの減災」に有効な様々なすべを明らかにする。
 直感的に言えそうなことでも、実際に証明するのは大変だ。隣人の分析でいうと、まず著者は、避難先での同郷の隣人数の決定には、偶然の要素が大きいことに着目する。そしてこの状況を一種の実験に見立て、因果関係を立証する。その際には信頼感という要素が媒介し、心の健康状態が変わることを示す。本書はこうした統計手法や理論についても基礎から実践まで、各章で手際よくまとめている。だから一般書、教科書、専門書、政策提言書のどれとしても本書は読める。
 町民へのアンケートでは、著者は応援の声ばかりを受けるわけではない。ときには被災者から「私たちは実験材料ではないぞ」という怒りの声も浴びるのだ。それらの声は著者に、研究者としてなすべきことを考えさせ、調査の向上を促してゆく。そうして結実したのが本書である。
 ごくたまに、若くて優れた研究者の書いた本を読むとき、「ああこれはこの人の命がけの跳躍なのだ」と思うことがある。煌(きら)めきは眩(まぶ)しく、その本がその人の人生を変えるのだということが分かる。本書はそのような作品である。
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いわさき・けいこ ニッセイ基礎研究所研究員。災害復興や金融・健康行動の実証研究を専門としている。