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伊藤沙莉さん「【さり】ではなく【さいり】です。」インタビュー 悲しみも喜びも、役者の仕事につなげて

文:根津香菜子、写真:有村蓮

私を成り立たせる「家族」

――本書は、塗装の職人だったお母さんのことや、幼い頃「ヒーロー的存在」だったお姉さんとのエピソードなど、家族について多くのページが割かれていますね。

 やっぱり自分にとって一番大きい存在だし、思うことや伝えたいこともたくさんあるので。自分を成り立たせる上で確実に必須なのが私にとっては家族なので、絶対に書こうと思っていました。

 今回は「伊藤沙莉の本」なので、最初は自分自身について書こうと試みたんです。だけど、自分自身のことって自分が一番分からなかったりするし「私はこういう人間だ」って自分で決めつけたところで、周りから見ると全然違って見えていたりするじゃないですか。「私が人生の中で出会った誰かのフィルターを通した私」っていうのが一番リアルかなという思いがあったので、 家族を通して見る私が一番素に近いし、みなさんにも伝わりやすいかなと思いました。

――「うちの伯母の話」では、きょうだいの中でも特に溺愛されていたという伯母さんとの関係性について悩んでいたことを綴っています。

 この本の予約特典の一つに、エッセイの一部を朗読したボイスデータを付けたんですけど、家族の話は誰の編を読んでも多分私は泣いてしまうので、割愛させていただきました。特に「うちの伯母の話」は、つらいとか悲しいという気持ちで書いたわけではないんですけど、家族の中でも特に書くのに時間がかかったのが伯母のことだったんです。これを書くことによって「ありがとう。バイバイ」って言いたかったので、多分どこかで自分の過去として一つ置いていきたい何かがあったんだと思うんです。

――伊藤さんのご家族といえば、やはりお笑い芸人オズワルドの伊藤俊介さんですよね。最近まで同居されていて、仲むつまじい様子がSNSからも伝わってきましたが、本書ではお兄さんが家を出た後のお二人のLINEのやりとりが掲載されています。

 エッセイにも書きましたが、兄とは元々すごく仲が良かったわけではなく、私が高校生になったくらいから、急に謎に、溺愛され始めたんです。私は父との思い出がほとんどない分、兄からは色々なことを教わったと思いますし、その背中を見て学んだこともたくさんあります。

 昔から兄とは映画やお笑いの趣味が似ていたので、いつも兄の感想が気になるし、私の仕事を見ていてほしいと思う人です。今回の出版にあたって、家族にはそれぞれの編だけを事前に読んでもらいましたが、兄からは「GOで」という素っ頓狂な感想をもらいました(笑)。でも、家族みんなから「ありがとう」と言ってもらえたので、嬉しかったですね。

ありがとうマイシスター 色々なこと全部やんな。死ぬほど働いて死ぬほど遊びな。もういいやってくらい。みんな心配だろうけどなんてことない。実はちゃんと生きてるのを知ってますからね。一番身近に本当のプロがいて幸せです。刺激になりますずっと。信じられないと思うけどずっと悔しかった。これはもうやっぱりずっとそうだから、必ず俺も売れるよ。お互い天職。死ぬまでやってやろう。(『【さり】ではなく【さいり】です。』より、兄からのLINEの返信)

オーディションを経て、進化

――「仲間はずれ」の編では、小学生の時に所属していたダンスグループのエピソードがつづられています。グループを再編成することになり、7人定員のメンバーを決めるオーディションに参加したのは8人。だれか一人が落ちるという状況で「心底悔しい!」という当時の伊藤さんの気持ちが文章からあふれていました。

 案の定、私は落ちた。あえて言うが、クソ野郎って思った。全員大っ嫌い、大人大っ嫌い誰も信じない。クソ野郎って思った。(『【さり】ではなく【さいり】です。』より)

 昔は人と比べられるということが本当に嫌だったので、オーディションはあまり好きではなかったんです。でも一旦冷静になって考えてみると、なんだかんだ一番自分が人と比べていたりするんですよね。

 そういうものと嫌でもどんどん向き合っていかなきゃいけないから、オーディションをずっとやっていると悟りの境地に達してくるんです。受けている私の方からしても「審査員の人、こちらもあなたたちを審査していますよ」みたいな気持ちになってきたりするんですよ。きっと自分が傷つきたくないからそうやってカバーしているだけなんですけど、自分の中で色々変化したり進化したりする部分があったと今は思います。

――自分でする選択と誰かにされる選択では、得るもの・失うものが違いますよね。

 受け入れてもらえるか分からないという状況の中でお芝居をすることって、女優を続けるならきっといつまでも必要なことだし、その頃はオーディションをやらないとお仕事がないという状況だったので、自分が自分としてここに存在するうえで必要だったことだったのかなという気もします。

――エッセイでは伊藤さんのハスキーな声についても書かれています。声がコンプレックスになったのは、声優のオーディションを受けた時、監督から「思っていたより面白みのない声だった」と言われたことがきっかけだったそうですね。

 昔から声についてみなさんからご意見をもらうことが多かったのですが、元々自分ではコンプレックスに思っていたわけではなく、小学生くらいまでは「特徴的でおもしろい声だから覚えてもらいやすい」と、割とポジティブに思っていたんです。だけど中学、高校生くらいになると、オーディションでは「声が老けている」という理由で落ちることも増えていって「この声、邪魔だな」と思うようになり、決定打になったのがその時の監督からの一言だった気がします。

 この本の帯に「転機は何度だって来る」と書いたのですが、私は仕事や人との出会いも含めて、何度も「転機」に救われたんです。声のコンプレックスの転機になったのは、女優の藤田弓子さんが「あなたのその声は宝物よ。大事にしてね」と仰ってくださったことや、リリー・フランキーさんから「妙に声に説得力があるんだよなぁ」と言っていただいたことでした。自分の中で声についてモヤモヤとしていたものが、スーッと消えていったような気がしたんです。

 人から欠点のように言われていたことでも、それを褒めてくれる人がいたら自分でもそんなに欠点だと思わなくなるし、人から言われたことを自分がどう捉えるかで結構変わるなって思うことが、声に関しては特にありましたね。悩むことはあったけど、結果的に私自身も自分の声について向き合う時間になったのでとても良かったです。

人生を振り返るグッドタイミングに

――「繰り返し観る」の編では、邦・洋画に国内外のドラマ、それぞれお好きな作品を何本も挙げていますが、小さい頃から見てきたドラマや映画の中に、今ご自身が出演する側になってみていかがですか?

 本当に幸せですし、ぜいたくな仕事をさせてもらっているなと思いますね。例えばそれが創られた世界、偽りの世界であったとしても「何人の人生を体験できるんだろう」って毎回思います。「この人はこういう過去があったのかな」と想像している時間が本当に楽しいです。

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――9歳からの全出演作を掲載したバイオグラフィーや、小学校からの幼なじみ・あやさんとの対談など、これまでの歩みをフォトエッセイというかたちで振り返り、改めて気づいたことはありましたか?

 これまでのお仕事のことや家族のこと、友達やプライベートなことを今振り返ることができたのは、グッドタイミングだったんだなと思います。自分を少しでも知ることで、演じる役への共通点を見つけやすくなったりもするんですよ。何でも仕事に繋がるという面でも、役者っていい仕事だと思うんです。すごく悲しいことでも楽しいことでも、経験がないよりはあった方が何かしら仕事に生かせますから。そう思うと、自分の中にある感情や経験を1回バッと広げて探したり見つけたりできたのは、公私共に良かったなと思います。

――今年の5月で27歳を迎え、少しずつ30歳が見えてきましたね。どんな30代を目指していますか。

 誕生日自体はプレゼントがもらえるから好きだし、19、20歳くらいまでは 「イェーイ!」って感じだったんですけど、年々誕生日がプレッシャーになるんですよ、謎にね。27歳ってもうちょっと大人だと思っていたから「あれ? 私ってちゃんと地に足ついているのかな」って不安になったり、今の状況に戸惑ったりもするんですけど、30歳ということで言うと、このエッセイの「母の編」にその答えが書いてありますので、そちらをぜひ。ごめんなさいね、もったいぶって(笑)。