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「沖縄の植民地的近代」 越境が生んだ特権の禍々しい光 朝日新聞書評から

評者: 温又柔 / 朝⽇新聞掲載:2021年06月19日
沖縄の植民地的近代 台湾へ渡った人びとの帝国主義的キャリア (神戸学院大学現代社会研究叢書) 著者:松田 ヒロ子 出版社:世界思想社 ジャンル:歴史・地理・民俗

ISBN: 9784790717546
発売⽇: 2021/04/09
サイズ: 22cm/261p

琉球併合以来、日本人による差別と偏見に苦しんだ沖縄の人びとは、植民地支配下の台湾でどのように生きたのか。「支配」と「被支配」の間を生きた彼らの経験から、沖縄の近代と日本帝…

「沖縄の植民地的近代」 [著]松田ヒロ子

 タイワン・イズ・パラダイス。
 戦前を台湾で過ごし、日本の敗戦によって、内地に引き揚げてきた、ある日本人による表現だ。少年時代を無邪気に追懐し、ましてや、そこは楽園だった、とうっとり語るその姿には、個人の感慨というかたちで情緒的に包み隠されてはいるものの、日本の統治下にあった台湾での彼が、現地の人びとと比して、あらゆる特権を享受しうる境遇であったという事実が仄(ほの)めかされている。
 むろん、特権が、特権たるのは、それが特定の身分や地位にある者にのみ与えられているからなのであって、当事者たちにその自覚があろうとなかろうと、あるいはその責任を負おうと負うまいと、宗主国の一員として植民地にいた限り、誰もが「日本の植民地支配の末端を担った」ことからは免れえないはずだ。
 逆に言えば、日本人でさえあれば「支配者」の側にいられる植民地では、「標準日本語を話し、〈日本人〉のライフスタイルに同化する」ことは、「象徴的地位」を上昇させることにも繫(つな)がる。
 とりわけ、「琉球併合以来、日本人による差別と偏見に苦しんだ沖縄の人びと」にとっては、こうした「帝国内の統合と格差の構造」は有利に働いた。
 本書は、「国民国家日本の辺境」としてではなく、「植民地帝国日本の境界領域」としての「沖縄」を「被植民地であるとともに宗主国の一部」とみなし、その「近代化」の過程で自己のキャリアを形成した人びとの「植民地経験」に着眼する。
 「戦前から戦後まで、日常生活の延長としての往来から家族を伴って半ば永住するつもりで台湾に渡った」いわゆる「無名の」人たちの自叙伝や手紙、語りをとおして、彼や彼女らの「境界領域での生き様や越境経験」と丹念にむきあう著者が明らかにしてみせるのは、沖縄の、それも特に、首里からは遠く離れた八重山諸島出身者にとって、「社会的上昇を目指す上で『日本人』になることは極めて大きな意味を持っていた」という事実である。
 だからこそ彼らは「みずからの境界性を利用しつつ近代的主体として生きた」。しかし、「日本本土系移民の沖縄蔑視を内面化しながら成長」した沖縄系台湾移民にとっての「帝国日本」とは、誰にとってのパラダイスだったのか?
 胸に手をあてて問いたくなる。「沖縄」「台湾」「日本」の境界で「支配―被支配の間を往復した人びと」が希求した特権が放つ禍々(まがまが)しい光は、ほんとうに過去のものなのか?
 台湾のパイワン族と宮古島の刺青があしらわれているカバーも注目に値する。
    ◇
まつだ・ひろこ 1976年生まれ。神戸学院大准教授(社会史・歴史社会学)。共著に、『多文化共生のためのシティズンシップ教育実践ハンドブック』。本書は英文で刊行した単著を、日本語読者向けに書き直した。