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平林敏彦『言葉たち 戦後詩私史』 詩人あり、廃虚からの長き旅路

 その日、千葉県の市川国府台(こうのだい)の連隊に所属していた平林敏彦は、兵舎の小学校で玉音放送を聞く。軍隊は「狂気の世界」、隠していた詩集や創作ノートは没収され、「歯が折れ、血を吐くようなリンチ」を上官から繰り返し受けていた。敗戦に「ただ詩を書きたい衝動に駆られた」という。

 今年で97歳になる詩人が著した『言葉たちに 戦後詩私史』は、そうした回想を含め、長きにわたる詩作や、詩人同士の交流について折々につづった文章を新作の詩と共に収めている。

 復員ほどなく創刊した詩誌「新詩派」、詩壇の耳目を集めた第2詩集『種子と破片』刊行(1954年)、大岡信、辻井喬、鶴見俊輔らが参加した季刊詩誌「今日」の創刊、そして30年余に及んだ長い沈黙と長田弘に促されての復活――。学生だった田村隆一との出会いも印象的で、本書には田村が「荒地」創刊前に書いた詩論も収録されていて実に読ませる。

 大岡は平林の詩を戦後詩の一到達点と呼んだ。76年目の今夏、その詩群を読み返す。(福田宏樹)=朝日新聞2021年8月7日掲載