コロナ禍で、強制されなくても協力、自粛する日本人の国民性は世界の注目の的だ。しかし、今から700年ほど前はそうではなかった。自己の利益を守るための暴力が容認される、苛酷(かこく)な自力救済の世だった。「やられたらやり返す。場合によっては、やられてなくてもやり返す」が美徳だったとさえ著者は記す。
中世民衆史に関する多くの著書があり歴史番組に出演、「室町ブームの火付け役」とも称される。本書は「初のエンタメ」として書いた歴史エッセーで「前振りとオチをつなげたり、室町が現代と地続きだと伝わるように工夫したりした」。軽妙な文章を支えるのは、史実を踏まえて詳細が書き込まれた逸話の数々だ。
何と言っても鉄板ネタは、浮気された妻が仲間を募って相手の女を襲撃する「うわなり打ち」。度が過ぎて女が殺害されることもあった。年貢を横領した武士を呪い殺そうとする僧侶には、本来人を救済すべき立場ではないかとツッコミを入れつつ「現代人の感覚で非常識で非道徳なことにも、中世なりの正義やルールがあった」と説明する。
教科書にはないような事例をどのように集めるのか。「多くの研究者は史料から幕府の構造を明らかにしようとするのですが、私は本筋とは関係のない、たまたま書かれた三面記事的なことが気になる。でも、そこに中世らしさが出ている」。そんなニッチな興味が「おまえのカアちゃん、でべそ」のルーツの考察や、寺の屋根瓦に落書きされた同性愛の恋文の発見につながった。
歴史にはまったのは小学3年生ごろ。テレビドラマがきっかけで、家康や三成の評価が見方によって変わることに衝撃を受けた。「室町には私たちが安住する価値観を揺るがす破壊力がある」。面白がるツボは子供の頃から変わっていないようだ。(文・久田貴志子 写真・小山幸佑)=朝日新聞2021年8月14日掲載