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岩井圭也さん新刊「水よ踊れ」インタビュー 香港の自由へ、希望を書く

岩井圭也さん=新潮社提供

激化するデモ 構成と現実が重なり

 岩井圭也さんの新刊『水よ踊れ』(新潮社)は、激動の香港にもまれ、自由を求めてあがく青年を描いた小説だ。

 主人公の瀬戸和志は香港の学校に通っていた10代の頃、スラムに住む少女、梨欣(レイヤン)がビルの屋上から落ちて死ぬのを目のあたりにした。一度は帰国したものの、その謎を追うため、3年後、中国返還直前の香港に建築を専攻する留学生として舞い戻る。

 岩井さんが最初のプロットを編集者に見せたのは2018年のこと。まだ逃亡犯条例改正案もそれに抗議する100万人デモも、まして国家安全維持法もなかった。「(その後の現実の展開に)びっくりした。プロットでもデモが激化した未来を描いていたが、それどころではない世界に現実がなってしまって、どんどんプロットを変えざるを得なかった。追いつくのに必死でした」

 かつてイギリスの植民地となり、一時は日本の統治下にも置かれた香港は、よそから人が流れ込んでできた街だ。作中では、〈香港人(ホンコンヤン)って、不思議な言葉だと思わない?〉と語られる。〈香港にいれば誰もが香港人になる。そういう不思議な土地なんだよ〉

 「香港には圧倒的な多様性がある」と岩井さんはいう。「人種が違うと当然摩擦が起こり、けんかや騒動につながる。でも、その摩擦によって発せられる熱量が確実にある」

 岩井さんは18年にデビューし、犯罪の被害者側と加害者側のあわいを描いた『夏の陰』や、作家の現実と虚構に迫る『文身』などを発表してきた。「マージナルな(境界線上にある)ものにひかれるところがある。出てくる人物がみんなマージナルなこの小説は、自分の特性を究極まで先鋭化させている、といえるのかもしれない」

 少女の死の真相を突き止めた和志は、四半世紀後の2022年、中国の支配が強まる香港の自由のためにある壮大な計画の実現に動く。「自分なりに、多少荒唐無稽でもいいから、何らかの希望を書きたかった」

 書き終えてみて、街というものに対するイメージが変わったという。「以前は、街は不変で、固定的なもののようにとらえていた。街は流動的で、水が流れるように二つ三つできたり、解散したりする、といまは思っています」=朝日新聞2021年8月18日掲載