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石内都『Moving Away』 圧倒的な写真力、なぜか泣けてくる

『Moving Away』から

 個展「見える見えない、写真のゆくえ」の最後の展示室で、本作の一部を初めて観(み)て胸が高鳴った。そのシリーズが写真集になっているのを知り、これは手に入れなければと思う。

 「ある日の朝、突然ここに居てはいけない」と感じて引っ越しを決めた、とあとがきにある。二〇一五年のその日から実際に引っ越すまでの数年、四十三年スタジオ兼自宅だった横浜の家と近所を撮った写真が本書に収まっている。

 被写体と至近距離でかっちり対峙(たいじ)する作風とまた違うが、やはり誰かの記憶を生々しく宿している。時折混じるセルフポートレイトが印象深く、九〇年代に若手写真家が採用したスタイルとの類似がわたしを狂喜させる。「女性性の発露」と揶揄(やゆ)されたその撮影スタイルを、石内の世代は封印する他なかったのかもしれない、という考えがふとよぎる。

 新しい表現の奥には、かならず過去作の面影がある。その圧倒的な写真力に心揺さぶられ、なぜか泣けてくる。=朝日新聞2021年8月21日掲載