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Riverside Reading Clubが語る 神が死んでも、ロボットと生きても、きっと日常に「魔法みたいな瞬間」は訪れる

きっかけはポール・オースター

――Mau SnigglerさんとRRCのお二人はどんなつながりなんですか?

Lil Mercy:最初に会ったのはかなり前ですよね。15年くらい前?

Mau Sniggler:2007年くらいからですよね。私は昔、渋谷のタワーレコードにあるタワーブックスで働いてたんですよ。まだ7階にあった頃ですね。お店の企画にも携わっていたので、その時からマーシーさんやWDsounds(Lil Mercyが主宰するレーベル)まわりの人たちとつながるようになりました。

――Mauさんは吉祥寺の古本屋『一日』で7月29日〜8月1日まで個展「Hello it’s me presents “Mau Sniggler’s Treasure Hunting」を開催されてましたね。

Mau:はい。元々デザインはやっていなくて。WDとも親交が深かった黒緑LESSやSeminishukeiの人たちが自分たちでなんでも作ってしまう人たちだったので、影響を受けて独学ではじめました。地道に年月を重ねていった結果が、今回の個展でした。

Mau Sniggler(マユ・スニグラー)。ライター、デザイナー、DJとして活動中。Shoko & The Akillaの7インチデザインから、podcast&パーティー「HIMCAST」のオーガナイズなど、何でも屋プロジェクトとして「Hello it’s me」を主催している。タラウマラ、BUSHBASH、EBBITIDE RECORD、TRASMUNDO限定の「LIVE MIX」が発売中

――RRCに入ったきっかけなんだったんですか?

ikm:MauさんからTシャツが欲しいと連絡をもらったんですよ。「お金を払います」って言ってくれたけど、「お金はいらないんで(RRCに)入ってください」って感じだった気がします。

Mau:私は本に関わる仕事をしてきたんですけど、実はこうして感想を話したりする機会ってあまりないから(RRCは)すごく楽しくて。それ以前にもikmくんとはパーティーで会った時に、最近読んだ本の話をしたりしてたんですよ。そういう意味では、私たちが仲良くなったきっかけはポール・オースターと言っても良いかもね。

ポール・オースター「ナショナル・ストーリー・プロジェクト」

ikm:オースターってみんな好きじゃないですか? だから俺は読まなくていいなってずっと思っていて(笑)。でも、夏は謎にニューヨークの本を読むと決めているんですけど、そうしたら去年の夏にちょうど『ブルックリン・フォリーズ』が文庫になったんです。それで”ブルックリン”に惹かれて読んでみたらすごく良くて、感想をインスタに書いたんです。そしたらMauさんが「小説じゃないけど『ナショナル・ストーリー・プロジェクト』すごいいいよ」ってオススメしてくれたんですよ。

Lil Mercy:これ昔、Mauちゃんからもらったと思います。

Mau:誕生日にあげたんです。この本は大好きすぎて、いつでも誰かの誕生日にプレゼントできるように常備してます(笑)。

ikm:これはオースターがやってるラジオで朗読するために募集した、アメリカの普通の人の特別な話がまとめてあるんです。1話が大体2〜3ページくらいで。自分が好きなのだと「一輪車」という話があって、東海岸出身で今は西海岸に住んでる男の人が、いろいろあって嫌になっちゃって、「もしここに一輪車があったら東海岸まで帰るのに!」って思ってたら本当に一輪車を見つけるんですよ(笑)。「ありがとう!」とか言って、一輪車に乗って東海岸に向かおうとするんだけど、速攻でペダルにぶつけてくるぶしから血が出ちゃって。それで決心して列車に乗って東海岸に帰っていく話なんですけど、これって実話だけど小説みたいじゃないですか?

Mau:オースターは人のあたたかさが感じられるフィクションを書くイメージなんですけど、これは他人が書いたものなのに同じようなあたたかさを感じるんです。エッセイっぽいけど、どこか小説みたい。不思議な本なんです。

ikm:ここからは俺が体験したオースターに関する話なんですけど、『ナショナル・ストーリー・プロジェクト』の感想も結構長めにインスタに書いたんですね。そしたら大阪でNINE STORIESって名前でいろんな活動をしてる、かとうさおりさんという方が『ナショナル・ストーリー・プロジェクト』と対になっているから読んでみてください、って『トゥルー・ストーリーズ』をいきなりに送ってくれて、それで俺、かなり上がっちゃって。『トゥルー・ストーリーズ』も良かったから、また感想をインスタにあげたら、今度は遊びに行ったライブで演者の人から「俺もポール・オースター読んでるんだよね」って言ってもらえたりして。あと、最近気がついたんですが、初めて読んだポール・オースターの本て、マーシーくんがプレゼントしてくれた『ティンブクトゥ』っていう犬の話で、それも最高だった。その辺の話もあって、俺の中でオースターは人を介して読む本ってことになりましたね。この話もオースターのラジオに送りたいですね(笑)。

――本の感想を通じて、人とつながっていくって最高ですね。

ikm:他人からみたら多分偶然で片付けられることなんですよ。でも俺からしたら魔法みたいな瞬間の話。『ナショナル・ストーリー・プロジェクト』に書かれてることも同じで、ある人にとっては偶然かもしれないけど、本人から見たら「奇跡」だったり、俺の言葉で言うなら「魔法みたいな瞬間」で特別な話なんだと思ってます。

Mau:あと1話の短さも良いんですよ。サクッと読めるから人にあげても押し付けがましくならない。パラッとめくって気になったところを読めば、好きな話が1個くらいはあるかなと思って。

Lil Mercy:『ナショナル・ストーリー・プロジェクト』はRRCクラシックですよね。

ロン・カリー・ジュニア「神は死んだ」

Lil Mercy:今日自分が持ってきたのは『神は死んだ』です。

――すごいタイトルですね……。

ikm:今この現代で神がいなくなったらどうなるか、みたいな話ですね。

Lil Mercy:初っ端に神様が若く美しい女性として紛争地帯に現れるんですよ。そこにアメリカのブッシュ政権のパウエル国務長官がいて、自分の過去の贖罪をしようとするんですね。その神の弟を探して欲しいっていう嘆願を自分の責任でするんですよ。でも、その神の女性は地雷のように仕掛けられた爆弾か何かで死んでしまうんです。物語はそこから始まります。神が死んで神父が絶望して身を投げたりとか。この1話目に衝撃を受けたんです。覚悟のない善意は全てを傷つけるもののようにも感じて・・・・・・。

ikm:一神教、つまりキリスト、イスラム、ユダヤ教なんかの神と、日本の神って全然違いますもんね。日本の神は割とカジュアルに死ぬけど、『神は死んだ』の神は代わりがいない。それがいなくなるとどうなるかっていう。帯に「神の肉を食べたために知性が高度に発達した犬へのインタビュー」とか「斬新な語りとポップな感性で切り込む」とか書いてあるから、そういう気持ちで読んだんですけど「これは全然ポップじゃない」と思いました(笑)。超シリアスな、重い話。俺も1話目でくらいました。

Lil Mercy:小説としてはすごく面白いと思います。赤ちゃんが崇拝される話とか。神がいなくなったから、赤ちゃんが一番神に近いんじゃないか、みたいな。赤ちゃん信仰は法律で禁じられていて、そのセラピーをしている精神科医が街の嫌われ者になったり。でもその精神科医も金庫の中にベビー服のカタログを隠し持って見てるっていう話なんです。

ikm:あと翻訳も良い。『ニッケル・ボーイズ』も翻訳してる藤井光さんがやってる。すごく好きな翻訳家です。

Lil Mercy:この翻訳はバッチリですよね。

日渡早紀「ぼくの地球を守って」

Mau:私は今日、みんながあんまり読まなそうな本を持ってきました。これにも神が出てくるんですよ。個人的に最近、神や宗教に興味があって。信仰によって考え方が違うし、神という存在が人によって全然違いますよね。

『ぼくの地球を守って』はSF少女漫画の金字塔と言われています。いわゆる少女マンガの画風なので、男性は苦手かもしれないけど、これは話がすごく深くて面白い。主人公は女子高生で、その周りの7人を中心とした話なんですけど、それぞれ前世があるんです。その前世というのが月の基地で地球を見守る異星人で。彼らは宇宙戦争を機に住んでいた星が絶滅してしまい、月に取り残されてしまうんです。そして現代の主人公たちは、その前世の夢を見て徐々に記憶が蘇り、その子たちと地球の運命も大きく変わっていく。前世の話と現世の話が交差しているから、ものすごく壮大で複雑なSF群像劇なんです。

ちなみにどこに神が出てくるのかというと、主人公とその前世が、異星人たちが崇拝する神の末裔で。基本は少女マンガなので恋愛もあるけど、例えば、ウイルスで人が死んでしまうとか、人間の愚かさで起こる天変地異から性の不一致の問題まで、考えさせられる場面がたくさんある。悩みや苦悩を崇拝することで救われる人もいるし、崇拝されることで自我が傷つく人(主人公)もいたりして。考えさせられることが多い作品です。

――SFというと少年マンガのイメージが強かったけど、実は少女マンガにもたくさんあることを不勉強ながら最近知りました。友達に売野機子さんという方の『売野機子短篇劇場』をもらって、読んだらめちゃくちゃ良くて。『ルポルタージュ』という作品も借りて読んだら、心の奥底であまり見ないようにしてたトピックを鷲掴みするような内容でヤバかったです。

ikm:少女マンガのSFだと萩尾望都が有名ですよね。

Mau:うん。元祖です。『ぼくの地球を守って』はその次の世代くらいじゃないかと思います。

ikm:僕の中でのSFの定義は、特別な状況や設定の中で人がどういう感情になるかを描くことだと思ってるんですよ。『ぼくの地球を守って』は「転生」というトピックを入れて、そこで人間がどういう感情で、どういう行動をするかを描いた作品ぽいですね。

島田虎之介「ロボ・サピエンス前史」

Mau:もう一冊もマンガで、『ロボ・サピエンス前史』は確か「このマンガがすごい!2020」オトコ編で2位になった作品ですね。AIロボットと共存する未来の話の連作短編集になってます。3・11の原発事故から255年後に1人で延々と放射能の管理をし続けるAIロボットのなんとも切なくて寂しい話とかもあって。全体的にセリフが少ないのが特徴ですね。でもそれが余計に感情を揺さぶってくる。言葉が少ない分、寂しさが掻き立てられる。ロマンチックさと人間の愚かさ、ロボットという人生の儚さが詰まってます。

ikm:グラフィックノベルって感じですね。

Lil Mercy:これ、WEBで1〜2話だけ読んだことあります。マンガって読みたいなと思ってもなかなか買うってならないんですよね。買うときは買うんですけど(笑)。

ikm:俺、マンガ読めないんですよね。スキルがいるっていうか。描き込まれてる少年マンガだとどこまで見たら、読んだらいいかわからない。小説を読めないっていう人と逆(笑)。だから出てる巻数が結構あるともう手が出せない。

Lil Mercy:わかる。小説ってだいたいは1冊で終わってますもんね(笑)。

ikm:マンガでも短編集は読みやすい。『宝石の国』を描いてる市川春子さんの短編集はすごく好きでした。

Mau:私はマンガに教えられてきたことも多くて。読んだら止まらなくなるタイプです。2人よりは抵抗ないですね(笑)。

ローレンス・ブロック「短編画廊」

ikm:ビジュアルつながりで、エドワード・ホッパーという画家が好きなんですけど、『短編画廊 絵から生まれた17の物語』は作家がホッパーの絵を1枚選んで物語を書いていくアンソロジーです。ハードカバーが出た時に気になってたんですけど、編者のローレンス・ブロックって警察小説とかミステリーとか書いてる人っていうイメージがあって「そういうんじゃないんだよなー」って思って買ってなかったんですけど、文庫になったので買ったら、結構いろんな人が書いてて。僕が好きなジョー・R・ランズデールとか、ホッパーの研究をしてる人が小説を書いてたり。

藤井光さんが翻訳したデニス・ジョンソンの『海の乙女の惜しみなさ』にもホッパーの絵が出てくるんですけど、多分そこから好きになった気がします。あとマーシーくんとアメリカの短編について夜中にメッセージのやりとりした時の経験もデカい。

Lil Mercy:俺がなんかの感想をikmくんに送りつけてたとこから始まったんだよね(笑)。

ikm:その時に「ホッパーの絵ってアメリカの短編っぽいですよね」って送ったら、「ホッパーの絵がアメリカの短編です」って返ってきて。すごいパンチラインだし間違いないと思ったんですよね。実際『短編画廊』を読んだら、そこから生まれた物語も完全に“アメリカの短編”になってた。

Lil Mercy:ちょっと本から離れちゃうんですけど、ホッパーの絵って動きがないじゃないですか。なのにそこに実在している存在が感じられる。その中に自分が入っちゃったら、中で起こってる話が見えそうな感じがする。自分が主人公じゃなくて、そこにいる人になれそうというか。

ikm:客観的ですよね。ローレンス・ブロックは、ホッパーは物語作家じゃないから、そこから前後を想像して(物語を)汲み出すのは作家の仕事だって言ってた。これって俺が好きな短編も同じで。一場面を切り取ったような話が好きなんですよ。物語が開かれていて、そこから前後を想像するのは読者の”仕事”っていう。

Lil Mercy:ホッパーの絵はいろんな小説に出てくるんですけど、都会の寂しさをすごく感じる。

Mau:哀愁がありますよね。

ikm:ホッパーの絵って好きな人多いですよね。

Mau:理由はないけど好き(笑)。

Lil Mercy:だよね。でも家に飾りたいとは思わないんだよな。そっち側に連れてかれそうな感じがする。美術館とかホテルのロビーに飾ってあるのを見たい絵ですね。

ikm:ホッパー自身は「たまたま見かけたことを描いてるだけ」とか言ってるけど、やっぱりあの絵には確実に物語がありますよね。『ナショナル・ストーリー・プロジェクト』に書いてあったんだけど、「ここに載ってる話はアメリカ人が財布に入れてる写真と一緒だ」って。それって俺はホッパーの絵に通じると思うんですよ。普通の情景を描いてるけど、もしかしたらここに魔法があったかもしれない、みたいな。だから好きですね。画集とか買ってもそんなに見ないですけど、ホッパーはたまに見る。ちなみに週刊「アーティスト・ジャパン」シリーズは古本屋に100円くらいで大量にあるので、好きな画家だけ抜いていってます。

Lil Mercy:週刊美術館もいいですよね(笑)。

ikm:ちなみに僕がホッパーの絵から小説を書くなら、「Sunday」を選ぼうと思ってます。

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