はらだ有彩「日本のヤバい女の子」
Mau:『日本のヤバい女の子』はikmくんが教えてくれました。めちゃくちゃ面白い。昔話に出てくる女の人たちを現代の感覚で捉えたらどうなるかっていう本ですね。今までにない視点。ギャグとしても読めるけど、フェミニズム的視点としてもすごく考えさせられる。
Lil Mercy:この本には(昔話は)基本的に男性の視点で書きすぎだろっていうステイトメントがあって、それを今の視点でゴリゴリに突っ込んでいく話ですよね。
Mau:伝説って言い伝えだから、そっくりそのまま吸収してきたけど、その価値観を突き崩されるような。例えば、秋田県の田沢湖に「たつこ姫伝説」という話があるんですよ。たつこという絶世の美女が、自らの美しさに固執しすぎて龍になってしまう、という。
ikm:昔話だと美に取り憑かれたたつこをネガティブに扱っているけど、『日本のヤバい女の子』では肯定的に書き直してるんですよ。つまり女性が自分の美を追求して何が悪いんだって。
Mau:ドラマの「逃げるは恥だが役に立つ」に50代目前のバリキャリ女性(石田ゆり子演じる土屋百合)が若い女の子に年齢のことでマウントを取られるシーンがあるんです。そこで百合はこう言い返す。「自分に呪いをかけないで」って。
――その前のセリフも素晴らしいですよね。「今あなたが価値がないと切り捨てたものは、この先あなたが向かっていく未来でもあるのよ。自分がバカにしていたものに自分がなる。それってつらいんじゃないかな」と。
Mau:この本が面白いのは、そのセリフを踏まえて、もしもたつこが誰かのためでなく自分のために美の追求を望んでいたのであれば、肯定すべきものだよねって。
ikm:昔話って教訓的にもネガティブな結末の話も多いけど、この本だと最終的にはポジティブに解釈し直すんですよ。俺、男だけど、この本読んで上がっちゃったんですよ。
Lil Mercy:この本は上がる。文章もいい。結構しっかり調べて書かれてるけど、昔話なので調べてもわからない部分は力技も多くて(笑)。例えば「うぐいす女房」って昔話があって。
――鶴の恩返しみたいな話ですよね。女性に「○○だけは決して見ないでください」と言われるけど、我慢できなくて見ちゃうとすべてがなくなっていた、みたいな。
Lil Mercy:ですね。この昔話は「見るな」と言われると見たくなる心理がエクスキューズになってる。けど、この本では「『見るな』って言ってるんだから見るな」って言い切っちゃうんですよ(笑)。「見ちゃうのが良くない」って。社会生活に置き換えると、「見えそうな服着てる方が悪いとか言ってんじゃねーよ」ってことですよね。
Mau:最初の話がいきなり面白いんですよ。鬼を崇拝する女の人の話で、それは今のオタクと何も変わらないっていう(笑)。その女性は鬼を崇拝しまくってたけど、「そんなの邪道だ」と地獄へ落とされるんです。でも本人的には推しがいる地獄に行けるからラッキー! ハッピー! みたいな(笑)。地獄に行ったんだけど、鬼もあまりにその女性に好かれてるから、全然悪い気がしない。で、地獄のお仕置きもできなくなっちゃう。最終的にその女性は地獄にいる意味がないから天国に連れてかれてしまうんだけど、それって果たして彼女にとって幸せなことなのか、みたいな。この話でめっちゃ掴まれちゃいました。好きなものは好きでいいじゃんって。
ikm:こういう本は俺とかマーシーくんよりMauちゃんに紹介してもらったほうが筋が通ってる。
Mau:でも女性としては、男性がこの本を読んで上がるのは嬉しいですよ。あと個人的に古事記とかをしっかりと読みたいなってタイミングだったので、事前に「日本のヤバい女の子」シリーズを読めたのは大きかったですね。古事記や日本書紀は単純にハードルが高いし、仮に読んでも書かれたことをそのまま「そういうものか」と受け入れてしまいそうで。『日本のヤバい女の子』のように現代の視点で読み換えるのはすごく大切なことだと思いましたね。
キジ・ジョンスン『猫の街から世界を夢見る』
ikm:物語を書き換えるという話だと『猫の街から世界を夢見る』という本があって。俺たちの好きな「蜜蜂の川の流れる先で」って短編を書いたキジ・ジョンスンの新作で。あんまり情報を知らずに買ったら、これはラブクラフトのとある小説を書き直すってコンセプトだったんです。ラブクラフトってレイシストだったと言われているんですけど、それに加えて書いたものに女性が出てこないらしくて。キジ・ジョンスンは女性なんですけど、彼女が自分を反映させたような女性を主人公ににしてその物語を書き換えるみたいな感じで。
Lil Mercy:これは長編なの?
ikm:うん。「夢の世界」から「覚醒する世界」へ旅する話。ネタバレになっちゃうから詳しく言えないけど、ファンタジーの力が背中を押してくれるような本だと思った。キジ・ジョンスンは小さい頃からラブクラフトが好きだったらしくて、だからラブクラフトの女性不在の問題を今の感性で自分なりに書き直した。それって『日本のヤバい女の子』に通じる精神だと思う。物語自体は好きだけど(許容できない)ネガティブな部分をポジティブに置き換えていくって重要なことだと思うんですよね。それって社会に通例の意識をアップデートすることにもつながるから。
Lil Mercy:古い価値観を強く感じるけど、物語としてはいい作品はあるわけで。それを自分たちでアップデートして自分たちのものにする、みたいな。
ikm:ダメなところを妥協して楽しむんじゃなくて、新しく作り直しちゃえばいいじゃんって。
Lil Mercy:そうすることによって、良いものがより良くなる。あと古い作品の良くなかった部分も洗い出せる。
Mau:本の話から離れちゃうけど、最近配信されたマーベルの「ホワット・イフ...?」というアニメでも、キャプテン・アメリカが女性になってたし、その前の「ファルコン&ウィンター・ソルジャー」は、黒人がキャプテン・アメリカを継ぐ話なんですよね。古い価値観だとアメリカの象徴と言えば金髪の白人男性だった。「キャプテン・アメリカ」自体は素晴らしいけど、今の価値観では引っかかる部分もある。あんな大きなシリーズですら、そういうアップデートの流れに入ってくるのは面白いですよね。
田嶋陽子「愛という名の支配」/小川たまか「『ほとんどない』ことにされている側から見た社会の話を。」
Mau:私はそもそもフェミニズムの視点は社会が当たり前に持つべきものだと思っています。今回は私自身がすごく影響を受けた本を持ってきました。田嶋陽子さんはフェミニズムのパイオニアですけど、この『愛という名の支配』は子育てしている人にも読んでもらいたいなと思って。
田嶋さんがフェミニストになったきっかけは、幼少期に受けたお母さんからのいじめなんですよ。でも実際に蓋を開けてみるとお母さんは弱い立場で、そこにも原因があった。お母さんは愛情だと思って幼少期の田嶋さんを抑圧してたけど、まさにタイトルの通り『愛という名の支配』をしてた。それが序盤に書かれてるんですね。これって自分の子育てでもすごくわかる。私も子どもがいるので「あなたのためにこうしてるんだよ」と思ってやってることは多い。だからこの本を読んだ時にハッとしたんです。自分も無意識のうちに支配しようとしてたんじゃないかって。これは女性だけでなく、男性にも読んでほしいです。
――田嶋陽子さんってそんな幼少期を過ごされていたんですね。
Mau:田嶋さんと言えば、自分の意見はビシッと通す人、という印象があると思いますけど、そのような強い女性になるまでの過程を知ることができます。あと個人的にすごく印象的だったのは、おばけのような顔をした妻の話。とある商店街の夫たちは、“旦那様”として身なりもビシッとして、いきいきと働いてたそうなんです。でも横で夫を支えている女性は、みんなおばけのような顔をしてた。死んだような顔をして、夫と妻の対比がすごく印象的だったそうです。田嶋さんはおばけになった女性に視点を集めなきゃいけないと思ったと言っていて。しかも同じことが今も言える。そんな話を集めたのが『「ほとんどない」ことにされている側から見た社会の話を。』です。
Lil Mercy:これは最近の本ですね。
Mau:うん。これは小川たまかさんといういろんなルポを書かれてる方が、性暴力、年齢、ジェンダー格差、女性蔑視CMのように社会でスルーされがちなことを書いた本です。普段の生活でなかったことにされているような、小さな問題も書いてあったりして。こうして話すとすごく敷居が高くて硬い本に思えるけど、やわらかい文章で簡潔に書かれているので、すごく読みやすいです。私はここに書かれていることは、フェミニズムというより社会問題だと思った。ニュースでも一瞬で終わってしまうような話を深く掘り下げています。私自身、こういう問題を意識するようになったのは最近なのですが。でも遅い早いではない気がして。
ikm:気づけないことって、本人の問題だけではなく社会の問題でもありますよね。
Mau:この本を読んで、自分が今まで無意識に普通としてしまっていたことが、やっぱりおかしいことだったんだって気づけたり。
Lil Mercy:自分は数年前にニューヨークに行った時、結構大きな本屋さんの入って一番目立つところで、フェミニズムの本がたくさん置かれてるのを見たのが意識しだしたきっかけでしたね。考えなきゃいけないことなんだって。本には直接訴えかける力があると思うんです。
ikm:今フェミニズムが目立ち始めてるってことは、逆に言えば、それまでなかったことにされてたってことですからね。
Lil Mercy:うん。本を書く人だけじゃなくて、書店員の人は棚を使って、言葉を広めることができるよね。だから本として出ることが重要だと思う。
長島有里枝「『僕ら』の『女の子写真』から わたしたちのガーリーフォトへ」
Mau:写真家の長島有里枝さんというと“ガーリーフォト” のイメージが強いと思うんです。でも、本人的にはその枠に入れられることに違和感を覚えていたみたいで。だから長島さんはしっかりと反論するために、大学に社会人入学して、フェミニズムや人文学を専攻して、卒業論文を書き、さらに4年かけてブラッシュアップしたのが『「僕ら」の「女の子写真」から わたしたちのガーリーフォトへ』です。
ikm:感覚だけじゃくて裏付けもしっかりとって。
Mau:そう。長島さんは時間をかけてでも自分の意見をちゃんと発表するって、単純にその姿勢がすごいなと思って。この人は超パンク。私は昔から長島さんの写真がかっこいいなと思っていて。90年代はガーリーという言葉が流行っていて、私自身も単純にそこに憧れがあった。何も疑問を持ってなかった。だからこの本を読んでびっくりしました。実はガーリーフォトが権力のある人たちが勝手に作り上げたもので、しかも当事者は反論できない状況だったって。この本には、長島さん自身だけでなく、HIROMIXなど90年代のガーリーフォトを代表する写真家の論考も出ています。
ikm:カルチャーにするのは周りの人ですよね。当事者は好きなことをやって楽しんでるだけだけど、周りの人が体系づけて名前をつける。
Mau:当時の「女の子写真」とはなんだったのか、その上で自分たちはどんな意思があって活動してたかを自分自身で冷静に分析してて。彼女は自分のヌードを自分で撮っていたけど、それは男性カメラマンが女性のヌードを撮るという構図に対するアンチテーゼだったんです。それを知った上で改めて写真を見ると、さらにかっこいいなと思うし、ガーリーとは対局だというのがよりわかりますよね。まだ全部読み切れてないけど、長島さんの人となりが出てるような気がしました。
ikm:そもそも、ガーリーというラベルが「写真を撮るのは男性」という意識から来てますよね。本流とは別のところに置くみたいな。女流作家はいるけど、男流作家がいないのと同じで、女性だという理由で一段落とすような意識。そういうのはフェアじゃないし良くないですよね。
Lil Mercy:同時にラベリングされると、上がりやすくもなる。本人がそれを受け入れるか、突っぱねるか、選べるようにしなきゃいけないし、そうするためにはどうすべきか、周りは何をすべきかというのは考えなきゃいけない部分ですよね。
ルシア・ベルリン「掃除婦のための手引き書」
Lil Mercy:かっこいい女性ということで、最後に紹介したいのがルシア・ベルリンの『掃除婦のための手引き書』です。これもRRCクラシック。最近「群像」でこの人の訳されてない作品が掲載されて話題になりました。彼女の本は、日本だとこの『掃除婦〜』しか出てないんだよね?
ikm:うん。
Lil Mercy:これは同じバンドのギターの藤村くんが教えてくれました。
ikm:藤村くんは「早稲田文学増刊 女性号」に載ったルシア・ベルリンの短編を読んでヤバいと教えてくれたんですよ。この短編集が翻訳される前に。
Lil Mercy:妊婦さんがヘロインの密輸をする話とか、病院に子供を堕ろしに行く話とか、表題の短編は掃除婦が睡眠薬を盗む話だったり。そういったことを自分で実際に経験したのかまではわからないけど、かなり波乱万丈な人生だったっぽいですね。
ikm:俺の中では、これも岸本佐知子さんが訳してるトム・ジョーンズ『拳闘士の休息』に近い。ハードだけど悲観してない。ユーモアがあるというか、乾いてる。
Lil Mercy:全然湿ってないっすね(笑)。自分の痛みも書かれてるけど、そんなに引きずってない感じ。こういう文章ってあまりない気がする。
ikm:ルシア・ベルリンはカルト的な作家だったみたいですけど、でも『掃除婦のための手引き書』が翻訳されたときには日本でもすごく盛り上がってる感じがしました。
Lil Mercy:あとがきにも書いてあったけど、この人の文章って英語で読んだほうが良さそう。リズムも独特なんですよ。自分はこれに入ってる「さあ、土曜日だ」って短編が好き。刑務所で囚人に詩の書き方を教える話なんですね。主人公は男性なんだけど、ルシア・ベルリンの刑務所で教えてたっていう実体験がかなり入ってるみたい。囚人が書いた詩の中にはラップがあったりするし。「サツの車が次々通る。でもこっちには見向きもしない。ニガーの喧嘩ならしょうがない」って文章の直後にシェイクスピアの詩が入ってきて。この話は文章のリズムが痺れるんですよ、とにかく。
――おしゃれな装丁ですけど、結構ハードな内容っぽいですね。
Lil Mercy:表紙の女性がルシア・ベルリンなんですよ。憧れるようなかっこよさありませんか。
ikm:2004年に亡くなってしまってるんですが、ずっと色々な人が憧れたり力づけられるような作家なんだと思います。『掃除婦のための手引き書』は自伝的というか、私小説に近い短編集なんですよね。完全にあったことではないけど、人生の一部分を切り取って書いてる。本当によくできた小説は全部作者の実体験のように感じちゃうんですけど、これはまさにそれで。翻訳も素晴らしいです。Mauさんも読んでください(笑)。
Mau:じゃあ今日はどれとどれをトレードしましょうか?(笑)