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「ありのままのイメージ」書評 「作為なし」の規範化と変奏追う

評者: 生井英考 / 朝⽇新聞掲載:2021年09月04日
ありのままのイメージ スナップ美学と日本写真史 著者:甲斐 義明 出版社:東京大学出版会 ジャンル:芸術・アート

ISBN: 9784130802239
発売⽇: 2021/06/28
サイズ: 22cm/335,15p

「ありのままのイメージ」 [著]甲斐義明

 一見するとスナップ写真の芸術史だが、実はあるようでなかった近代日本写真についての事実上の通史である。
 「事実上」とは本書が1920年代から現在までの写真史の一世紀をスナップという「様式」を通して系譜化し、併せて日本の「写真界」の形成をも視野に収めようとしているからだ。
 スナップショットは被写体の瞬間的な姿を撮影する行為であって実は「様式」ではない。しかし日本の写真界ではこれを作為のない「あるがまま」の姿を活写するものとしてことのほか貴ぶ風(ふう)が織りなされた。画期となったのが写真の独自性(非絵画性)を強調する関東大震災後の「新興写真」運動と、小型カメラの名機ライカの登場である。
 以来、対象の「被写意識を少なめる」(木村伊兵衛)技法だったスナップは、市井の人々の日常をありのままに捉えたり、「リアリズム」の名の下に特権化されたりするだけでなく、世代を越え、「撮影者の身振(みぶ)りの痕跡」や感覚の表現として、また「作り込んだ」写真への反発の表現として、中平卓馬、森山大道、荒木経惟、牛腸(ごちょう)茂雄、石内都、土田ヒロミ、北島敬三、笹岡啓子らへと変奏されてゆく。
 世代も作風も違う複数の写真家を「スナップ美学」の下に系譜化するのは力業という以上の冒険だが、本書は美術史の基本をふまえて各作品の構図を丁寧に検証する一方、スナップ美学の言説が写真界の規範をなす過程に目を配り、それがデジタル写真の90年代半ば以降、「中心的な位置を次第に失って」ゆくまでを見届ける。90年代の「女の子写真」批評と昨今の反撃にも分け入る姿勢は、単に歴史研究の域に留(とど)まらない批評の誕生でもあろう。
 スマホを持ち歩く人のすべてがカメラを持ち歩いてもいるという「人類史上かつてない状況」。それでも「写真によって世界のありのままの姿に触れようとする願望」は絶えない、と本書は結語している。
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かい・よしあき 1981年生まれ。新潟大准教授。編訳書に『写真の理論』、共著に『時の宙づり』。