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藤巻亮太の旅是好日 生きていく場所が「まほろば」になるように

文・写真:藤巻亮太

「まほろば」

 古事記にも出てくる「素晴らしい場所」を意味するその古い言葉に出会ったのは、奈良を旅した時のことだ。道路の標語かなにかに使われていたのを、スマホにメモした。メモした言葉たちのすべてが歌詞や原稿などに使われるわけではないが、その時々の新鮮な気持ちで感動を記録しておくことは、私にとって小さな日記をつけるような感覚で、長い間楽しんでいる。

 それから月日は流れ、私は「サントリー天然水」第4水源「北アルプス」水源のテーマソングを担当させて頂くこととなり、最終的に曲のタイトルを「まほろば」とした。

藤巻亮太 - 「まほろば」 MUSIC VIDEO

 曲づくりにあたり、実際に北アルプスのふもと長野県大町市を訪れたことで、曲のイメージが広がった。白い雪をたたえる北アルプスの峰々から流れる水は水田へと注がれ、美しい田園風景となり、飲み水をはじめ人々の暮らしの基盤となっていることを知った。川に手を突っ込んでみると、冷たく清らかな流れが心地よかった。

大町市で出会った人々

 飲食店の女将さんやタクシーの運転手さんと話しても、大町の水は美味しいと皆誇らしく語ってくれた。ホテルの水道の水がとても美味しくて、私も驚かされた。翌日はさらに水とともに暮らす町の方々にお話を伺った。

 大町市の自然に魅せられ県外から移住を決めた松浦さんは、市内で「UNITE COFFEE」というコーヒーショップを営んでいる。コーヒーの美味しい一杯を入れるためには当然、熟練した技術が必要だが、大町で駆け出しの頃に入れたコーヒーがあまりに美味しくて、彼は驚いたそうだ。自分の才能に酔いしれそうになった矢先、これは水が美味しいからではないかと思い至った、と冗談まじりに語ってくれた。

 北アルプスの水との出会いがきっかけで移住し、美味しいコーヒーを提供する一方、今では大町市の水の魅力を発信する活動もされている。地元の方が当然の事と思い気にもとめない、その地域の価値や魅力を新鮮に発見し、発信するのは外から来た人の力なのかもしれない。そのためには地元の方々と新たに移り住んだ者とのコミュニケーションが何より大事なのだ、とも松浦さんは話してくれた。コロナによって今のような状況になる前は、地元の方とよく飲みにいって語り合い、交流を深めたと懐かしそうに語ってくれた。

コミュニケーションの転換期

 このコロナ禍で私の周りでもテレワークで自宅仕事が増えた人が多い。オンラインは移動がない分、効率的に離れた場所にいる人たちと、いくらでも話ができる。とても便利なのだが、直に会ってコミュニケーションをとる機会が減るのは、無駄話がなくなってしまい寂しいものだとある友人は話してくれた。案外、そんな会話の中にアイディアのヒントがあったりするのだと。人との繋がりをどう共有し、接すればお互いに心地がよいのだろうか。新たな環境に順応する大変さを感じている。

大町と東京を行き来する中で

 そして大町市を訪れたことで、都会に暮らしていると人との繋がり以上に忘れてしまいがちな、もう一つの大切な繋がりがあることを思い出した。それは「自然」との繋がりだ。機能性や合理性を追求し、ますます便利になる時代においてその流れに抗うことは容易ではない。私もスマホを四六時中眺めていて、必要かどうかも分からない情報を何時間も追いかけていたことに気がつくと、スマホを使っているのだか、スマホに使われているのだか分からなくなる。便利さや合理化を突き詰めていくとどうしても、人は自分を見失ってしまう。

 私が「自然」に心惹かれ、登山や旅をする様になったのは30代になってからのことだ。自然を通してしがらみの中にあった心がずいぶんと解かれ、複雑になった気持ちも整理されていった。この「旅是好日」のコラムを書くきっかけになったのも、旅を通して自然との関わりがあったからだ。同じように自然の中で気持ちがリフレッシュされた方も少なくないのではないだろうか。

「まほろば」に込めた願い

 人は社会の仕組みの中でそれぞれの役割を果たし、時に合理化したり、されたりしながら、それでも人との繋がりを築き、自分を保ちながら生きていかなければならない。しかしそんな日常にも、雨も降れば風も吹く。結局は都市も自然の中にあり、自然との繋がりが途切れているわけではない。そこには心地のいい日もあれば、災害のように理不尽な目に遭わなければならない日もある。

 大町市の水をめぐる旅で出会った人々も、豊かな自然とともに生きながらも、経済活動は常に大切なテーマであり、効率化や合理化との付き合い方も切り離せない。ますます混迷を極める時代において、どのように生きることが幸せなのであろうか。

 答えは分からないが、まず我々自身が自然の一部であることを思い出すことができたならば、便利さも、人との繋がりもまた新たな視点で眺めることができるかもしれない。その時、或いは我々一人ひとりが生きているその場所が「まほろば」となるよう願いを込めて、曲をつくった。