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ミステリとホラー、どちらも楽しみたい人のための4冊 人間の仕業か超常現象か、溶けゆく恐怖の「境界」

恐怖と謎解きを巧みにミックス

 『影踏亭の怪談』(東京創元社)は怪談の怖さとミステリの謎解き、その両方の面白さを味わえる連作短編集だ。著者・大島清昭は表題作で第17回ミステリーズ!新人賞を受賞した新鋭だが、怪談方面の研究者としては知る人ぞ知る存在であり、『Jホラーの幽霊研究』(秋山書店)などの著作がある。

 温泉旅館の離れを中心にして起こる数々の怪異に密室殺人を絡めた「影踏亭の怪談」、心霊トンネルでの首なし幽霊目撃談と女子大学生の失踪が意外な形でつながる「朧トンネルの怪談」、泥まみれの幽霊が現れる坂の付近で神隠しと殺人が起こる「ドロドロ坂の怪談」、空から凍ったメロンが降ってくるという異様な怪異を扱った「冷凍メロンの怪談」。

 4つの収録作はいずれも人の手による犯罪と、人知を超えた祟りが複雑に入り交じっているのが大きな特徴。日常と非日常、どちらが欠けても物語は成り立たないのだ。最後の事件が解決してホッとしたもつかの間、さらに怖ろしい真相が待ち構えているという意地の悪い(褒め言葉です)構成も決まっている。怪談ファン、とりわけ怪談実話が好きな人ほど楽しめる作品だろう。

共同体ホラーの新機軸

 篠たまきの『月の淀む処』(実業之日本社)は東京郊外のマンションを舞台にしたサスペンスであると同時に、幻想的なホラーでもある長編。

 恋人と別れたのをきっかけに、都心から離れた町に越してきたフリーライターの紗季。ローンを組んで購入した築40年のマンションは、敷地内に地蔵尊や石碑が建ち、エントランスに一年中しめ縄がかかっている。ある夜、紗季は、顔を隠した者たちによる不気味な盆踊りに遭遇。しかも祭りに乱入してきた女がどこかに連れ去られていくのも見る。このマンションは何かがおかしい。紗季は出版社に務める隣人とともに、住人たちの秘密を探り始めるが……。

 現代の東京郊外に〈田舎〉を幻視した本作は、昨今やや氾濫ぎみの共同体ホラーに一石を投じた作品といえる。二転三転するストーリー展開も秀逸。紗季自身がある秘密を抱えているがゆえに、物語はよりダークな、猟奇的な方向へ進んでいくのである。デビュー以来、さまざまな〈境界〉に目を向けてきた著者ならではの幻想ホラーミステリの秀作。

戦前に書かれた怖いミステリ

 論理的な謎解きの面白さをメインに据えた本格ミステリに対し、怪奇・幻想・エログロ・ユーモアなどに力点を置いたミステリを変格ミステリ(変格探偵小説)と呼ぶ。変格ものの代表作といえば巨匠・江戸川乱歩の短編「芋虫」「鏡地獄」あたりだろうが、乱歩以外にも多くの作家が変格ミステリを手がけ、日本のミステリをより豊かにしてきた。今日でもその人気は根強く、2020年には〈変格ミステリ作家クラブ〉なる変格ファンの同好会まで結成されている。

 『変格ミステリ傑作選【戦前篇】』(行舟文庫)は、同クラブの創設メンバーでもある作家・竹本健治が選者を務めた変格ミステリのアンソロジー。江戸川乱歩、夢野久作、木々高太郎らによる傑作15編をバランスよく収録した変格入門書だ。夏目漱石や芥川龍之介、川端康成など文豪たちの変格ミステリを収めているのも面白い。

 中でも怪奇性が濃いのは、マッドサイエンティストの暴走を描いた海野十三「俘囚」、死体で作られた等身大地獄図という舞台がインパクト満点の小栗虫太郎「失楽園殺人事件」あたりだろう。横溝正史「蔵の中」の妖美な世界も忘れがたい。〈華文ミステリ〉の翻訳紹介に力を入れている出版元だけに、中国作家・孫了紅による作品も特別収録。巻末の「中国における変格ミステリの受容史」も貴重な情報満載の評論だった。

 ミステリとホラーの距離が縮まりつつある今、過去の変格ミステリ遺産に注目が集まるのも当然の流れかもしれない。

台湾発のモダンホラーに注目

 張渝歌『ブラックノイズ 荒聞』(倉本知明訳、文藝春秋)は台湾発のモダンホラー小説。2018年に刊行されて本国でベストセラーとなり、現在はドラマ化の企画が進行中という。

 タクシー運転手の呉士盛(ウ―・シーシェン)が放置車の中で古いカセット式録音機を見つけたことから物語は幕を開ける。ノイズに混じって聞こえてきたのは「ミナコ……」という男の声だった。一方、呉の妻は自宅ベランダから不可解な状況で転落、入院先の病院で「ミナコがやって来る」と口にして無残な最期を遂げる。ミナコとは一体何者なのか。妻を失った呉と、病院に出入りするソーシャルワーカーの胡叡亦(フー・ルイイー)は、それぞれのルートでミナコの謎を追いかけ始める。

 1989年生まれの若い著者が恐怖の源泉として着目したのは、台湾独自の宗教文化だ。日本統治時代にもたらされた神道や日本的霊魂観、少数民族に伝わる土着信仰、現代も強い影響力をもつ道教。これらが混在する台湾で、Jホラー映画的な死霊の祟りを描いたらどうなるか? そんな興味深い問いの答えがここにある。

 わが国の『リング』と韓国映画『哭声/コクソン』を融合させた作品との評言にも納得の、モダンにして土俗色濃厚なホラーミステリ。台湾近代史の闇に触れるような真相に戦慄してほしい。