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「アーモンド」作者の新作「三十の反撃」ソン・ウォンピョンさんに聞く 30代非正規女性に託した疎外感と焦り

(左から)『アーモンド』(祥伝社)と『三十の反撃』(同)

自分自身が感じていた疎外感・焦り

――前作『アーモンド』が「本屋大賞」翻訳小説部門1位に輝くなど、日本でも話題となりました。どんな部分が、異なる国で共感を持って受け入れられたとお考えですか?

 意義深い賞を頂いたことを本当に嬉しく思います。読者、なかでも書店員が選んでくれた賞を頂き、作家としてとても誇りに思える瞬間でした。「感情」という普遍的な素材が、「感情のない少年」の物語として書かれ、日本の読者にも共感を得られたのではないかと思います。

 日本語は自己紹介程度しか話せないので、日本の読者がインスタグラムに投稿した「アーモンド」の表紙の写真を見ただけですが、そうして投稿してくれただけでも熱い反応だと、とても不思議で嬉しかったのを覚えています。本を書くとき、海外の読者に読まれるとまでは思っていなかったので、意外でもありました。

――今作『三十の反撃』は、30代にさしかかった非正規雇用の女性が主人公です。ソン・ウォンピョンさんは主人公キム・ジヘより少し上の世代ですが、この年代をテーマにした理由を教えてください。また、社会的な疎外感や孤独、焦りを抱くキム・ジヘに個人的に感情移入する部分があるとすれば、どんなことですか?

 この作品を書くとき、私の置かれた境遇は、不公平感、疎外感、焦りを感じているキム・ジヘとさほど変わりませんでした。私自身、とても長いこと努力してきた仕事の面で、何の成功もなしえず、失敗を重ねる中で自分自身を疑っていました。フリーランスという特性も重なって、同年代の人たちと比べてもとても出遅れていました。

 主人公は私とは違ってフリーランスではなく会社勤めなので、社会人1年目に設定しました。社会への一歩を踏み出した新入社員はいつも焦っていて、不安で、孤独だと思います。情熱と夢はあっても、現実はあまりに冷酷で、居場所を確保することも簡単ではありません。そうした見方なら、世代が違ってもキム・ジヘに共感できると思います。

ソン・ウォンピョンさん近影 (c)Oh Gye-ok

結局、人は一人で生きられない

――ゴニとの関わりを通じて人間としての感情を得ていく『アーモンド』の主人公ユンジェと、『三十の反撃』でギュオクらとの関わりを通じて自己肯定感や周囲の人々への信頼を取り戻すジヘ。両作品で描こうとした「人として生きること」はどんなことですか?

 ただでさえ使い古された「現代人の孤立」という表現は、コロナ禍で世界的にさらに普遍的な現象になりました。しかし人間は誰でも他人とつながりたいものです。部屋で一人で過ごしながらSNSを眺める人が、いいコメントに喜ぶのも、そんな反応の表れです。

 無理に我慢して嫌いな人と過ごしたり、こびへつらったりする必要はありません。しかし結局、私たちは一人で生きていくことはできないのです。共に生き、他人に悩まされてこそ、成長し、発展できるのです。おそらくそんな考えが、作品に知らず知らずのうちに込められたのだと思います。

――今作はそれぞれの場面に適合したジャズの名曲が多数登場し、まるでドラマを聴いているような感覚にとらわれます。どのような効果を狙ってのことですか?

 キム・ジヘと、彼女が経験する日常は疲弊するものではあっても、曲の雰囲気はあまり重くなく、時に甘く気怠いものにしようと思いました。またこの作品は私のデビュー戦でもあります。絶望の淵にいた私が喫茶店に行って答えのない文章を書いていたとき、喫茶店ではいつも甘いジャズが流れていました。一瞬とはいえそうした瞬間があったからこそ、私自身も耐えることができたのだと思います。

小さな反撃が表す「組織人の運命」

『三十の反撃』にも登場する1995年のソウルのデパート崩壊事故。1995年6月30日の朝日新聞の紙面から

――韓国の「88年生まれ」について教えてください。他の世代とどう違うのですか?

 私がその世代ではないので断言できませんが、これまで韓国人を長いこと支配してきた、儒教的で権威的な世界観が崩れた時期に、青春の終わりを過ごした世代ではないでしょうか。思想より趣向、共同体より個人、肩書より合理性を選択する世代です。

――「88年生まれ」世代は、1995年の三豊百貨店崩壊事故や1997年のIMF金融危機を幼少期に経験し、就職難と非正規雇用という不安定な立場に置かれ、2008年の米国産牛肉輸入反対デモも運動の敗北に終わりました。こうした場面が作品にも描かれています。

 私が先ほど、この時期に「青春の終わり」を過ごしたと申し上げたのは、彼らが完全に革新的な世代ではないという意味でもあります。彼らの成長期はいまだ家父長的な世界観と、質問にもあった大変な事件があった時期に重なっていました。そのため、韓国の1990年代中盤以降の世代とはまた違う、既存の価値観を完全には破れずに踏襲したり、あきらめたりする傾向もあります。

 そうした意味では、既存の枠を果敢に批判したり破ったりできず、小さな反撃をするキム・ジヘが(書いているとき、そんなつもりで書いたわけではなかったのですが)この世代を少しは代弁しているのではないかとも見ることができます。

――韓国は1980年代に軍事政権を倒した民主化運動があり、最近も大統領交代につながった「ろうそくデモ」がありました。そういった大きな反撃が起きる社会で、ジヘやギュオクが試みる小さな「反撃」をストーリーの主軸に据えた理由はなんでしょうか。

 個人に集中した話をしてみたかったのです。巨大な反撃の物語はこれまでたくさん見てきたこともあり、個人レベルでできる小さな反抗または反撃には何があるのか、考えを巡らせました。今の社会を変えたいとは思っても、壊す勇気まではないのが組織に属する人たちの運命ではないでしょうか。そうした現在地を、小さな反撃を通じて描いてみようと思いました。

2016年12月、ソウルで行われた朴槿恵大統領(当時)の弾劾を求める大規模な街頭デモ=吉野太一郎撮影

映画と小説、正反対だからこそ魅力的

――「アーモンド」も「三十の反撃」も、社会の中で疎外された層が主人公です。比較的恵まれた境遇で育ってきたソン・ウォンピョンさんが、社会の疎外層を描く難しさはありましたか?

 私は紆余曲折の幼少期を過ごさなかったという点で、平凡に育ったと思いますが、決して裕福な暮らしをしていたわけではありません。何より幼い頃から何度も引っ越しを経験し、多様な形態の家と雰囲気を経験しました。また映画の仕事をするようになってから、私自身も一般的な基準ではとても不安定な、報われた記憶のない人生でした。私が経験し、感じてきた多様さを、そのときどきの作品の中に違った形態で溶かし込もうと努力してきました。

――映画評論家、映画監督、シナリオ作家と、主に映像の世界で幅広く活躍しておられます。小説を書くにあたって、映像面での経験や実績が力になっていると思うことはありますか?

 これも私への大きな誤解でもありますが、小説を書くにあたって、映画の作業が役に立つことは全くありません。映画のための文章(シナリオ)は台詞とト書きだけで、人物の考えなども行動で描写しなければなりません。「いらいらして怒って気が狂いそうだった」と書く代わりに、「爪をくちゃくちゃ嚙む」とか「拳を振り下ろす」と書かなければならないのです。その2種類の書き方が違うので、両方とも魅力を感じます。

 あえて一つ役に立つ点をあげるなら、映画の作業をするとき、シナリオは無数の修正要求を受けます。小説はそれに比べると、修正の依頼も作業も多くありません。だから小説を書くとき、修正することが他の作家のように辛かったり、絶望的に感じたりすることもない。その程度です。

――映画・シナリオ製作と小説執筆は、表現においてどのような違いがありますか? 子育ての傍ら、映像の仕事だけでもかなりのエネルギーが必要だと想像しますが、それでも小説を書き続ける動機はなんでしょうか。

 もちろん、映画監督も自分だけの視線を広げることができ、小説も編集段階で共同作業をしますが、少し乱暴に二つの違いを挙げるなら、つまるところ映画は協業、小説は個人作業です。映画は一緒にやってこそ面白く、一緒にやるからこそ大変で、小説は一人で書くから楽で、一人で書くから寂しいのです。

「物語を創作する」という共通分母を除いて、二つの作業は正反対に位置しており、それ自体が私には魅力的に映ります。夏には冬が懐かしく、冬には夏が懐かしいように、映画を作っているときは小説を書きたくなり、小説を書いているときも映画の作業で人に会いたくなります。その二つの違いそのものが、私にはモチベーションになっています。

【好書好日の記事から】

ソン・ウォンピョン「アーモンド」 「変人」がつながる意義を問う