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学校・ニュータウン・宗教・そして「犬神家」 家族のあり方を問う注目のホラー小説&評論4冊

悪意の拡散を描いた連作ホラー

 『闇祓』(KADOKAWA)は、辻村深月が初めて手がけた本格ホラー長編。高校生の澪は、転校してきたばかりのクラスメイト・要が自分を凝視していることに気づく。放課後、校内を案内していた澪に対し、要は「今日、家に行っていい?」といきなり提案。気味悪く思った澪は要を避けるようになるが、彼のストーカー的言動はエスカレートしていく……。

 学校、集合住宅、会社とさまざまなコミュニティーを舞台にしながら、名付けようのない悪意の拡散を連作形式で描いた作品。タイトルは心の闇を相手に押しつけるようなハラスメント行為、名付けて「闇ハラスメント」に由来している。普通の人びとが心の底に隠している悪意が噴出し、コミュニティーを濃霧のように覆っていく過程が、なんとも恐ろしい。とりわけ都内の団地で不可解な死が相次ぐ第二章「隣人」の怖さは特筆ものだ。

 「家族」と題された最終章では、闇を振りまく者とそれを祓う者の対決が描かれるとともに、家族という最小単位のコミュニティーの孕む危うさも浮上する。ミステリの手法を駆使した巧緻な仕掛けと、深いテーマ性に唸らされる傑作だ。

核家族化×カルト教団が揺さぶる家族観

 現代ホラーの旗手、澤村伊智が『邪教の子』(文藝春秋)で描いているのはカルト教団によって傷つけられた家族だ。平凡なニュータウンに新たに越してきた一家は、新興宗教団体・コスモフィールドの熱心な信者だった。ニュータウンに暮らす小学生の慧斗と級友たちは、2階に閉じ込められ、家族に虐待されているらしい一家の娘・茜を救出しようと決意する。

 戦後の核家族化を象徴するような巨大なニュータウンと、家族の絆よりも信仰心を優先するカルト教団。著者はその二つの要素を掛け合わせることで、ぞっとするような家族の肖像を描き出した。二転三転する先の読めないストーリーに翻弄されながら、幾度も家族観を揺さぶられることになるだろう。

血のつながりは家族に必要なのか

 宇佐美まことの最新長編『子供は怖い夢を見る』(KADOKAWA)にも、やはり宗教団体が登場する。住む家を失い、宗教団体・至恩の光教の施設で暮らすようになったシングルマザーの江里子と息子の航。信仰にのめり込む江里子とは対照的に、航は教団になじめず、小学校でもいじめに遭う。そんな彼の救いとなったのが、転校生・蒼人との友情だった。やがて航は蒼人の一家が不思議な力を備えていることに気づく。

 母親のネグレクト、幼い妹の死という悲劇を経験した航の前には、いくつもの疑似家族的共同体(教団、蒼人の家族、職場など)が登場し、彼の人生観に影響を及ぼすことになる。血のつながりは家族に必要なのか。時空を超えたスケールで展開するダークファンタジーだが、同時に家族とは何かという普遍的な問いを投げかける物語でもある。

戸籍に注目して読み解く「犬神家」

 遠藤正敬『犬神家の戸籍 「血」と「家」の近代日本』(青土社)は、推理作家・横溝正史の代表作『犬神家の一族』を戸籍に注目して読み解いた評論集である。莫大な遺産をめぐるドロドロの愛憎劇として知られる『犬神家の一族』だが、事件の背景には近代日本社会に深く根づいた「血」や「家」をめぐる問題があった。

 孤児から一代で財をなした犬神家当主・佐兵衛の戸籍はどうなっているのかという疑問や、一族の運命を左右した復員兵と戸籍の関わりなどが詳しく取り上げられ、物語の解像度がアップする。語り尽くされたかに見える金田一耕助シリーズに、まだこんなアプローチが残されていたとは。研究者らしい堅実な記述の行間からにじむ、熱心な横溝ファンぶりも好ましい。著者にはぜひ第二、第三の謎解きを期待したい。