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小澤英実が薦める新刊文庫3冊 「パワー・オブ・ザ・ドッグ」の語りの技に痺れる

小澤英実が薦める文庫この新刊!

  1. 『パワー・オブ・ザ・ドッグ』 トーマス・サヴェージ著 波多野理彩子訳 角川文庫 968円
  2. 『短くて恐ろしいフィルの時代』 G・ソーンダーズ著 岸本佐知子訳 河出文庫 891円
  3. 『センス・オブ・ワンダー』 レイチェル・カーソン著 上遠恵子訳 新潮文庫 649円

 (1)一九二〇年代、モンタナ州。町一番の大牧場を営む、対照的な兄弟。天才的な知性と粗野な残忍さをあわせもつ兄と、地味で気弱な弟の調和は、弟の結婚を機に狂い出す。格差のピラミッドをなす遠い他者達(たち)が、つかのま心を通わせては無慈悲に切り離されていく。不穏さにゾクゾクし、先が気になり読むのが止まらなくなる。話題の映画の原作として知られるだけではもったいない、切れ味鋭い語りの技に痺(しび)れる傑作だ。

 (2)おかしさと恐ろしさと美しさが見事に溶け合った、読めば読むほど味が増す現代の寓話(ぐうわ)。二つの国の間で国境紛争が起こるが、なんと片方の国は同時に一人しかいられないほど小さい。脳みそを時々落っことす平凡な男フィルが巻き起こす、身の毛のよだつ展開は、まるでおもちゃ箱の中の悪夢を見ているよう。極限状況下で現実が信じられないほどシュールになるのをコロナ禍で経験済みの私たちにとって、この物語の滑稽さは完全にリアルだ。

 (3)センス・オブ・ワンダーとは、神秘さや不思議さに目を見はる感性のこと。晩年のカーソンが、甥(おい)のロジャーとメイン州の海辺や森を散策し、自然の驚異をわかちあう喜びがいきいきと綴(つづ)られていて、人間にとってもっとも豊かな学びは自然のなかにあると痛感する。「知る」ことは「感じる」ことの半分も重要ではないと著者は言う。感じる力をいかに育み、手放さずにいられるか。多すぎる情報や機会に踊らされず、立ち止まって真に重要なものを考えさせる名著だ。=朝日新聞2021年10月30日掲載