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もの久保さん「ねなしがみ」インタビュー ありふれた田舎が“異界”になる瞬間

「奥の間」(もの久保『ねなしがみ』より)

不穏な田舎がテーマの作品集

――もの久保さんといえば“もふもふ”した巨大生物画の印象が強いですが、最新作『ねなしがみ』はかなりホラー寄りの不穏な作品集になっています。こうした画集が生まれた経緯について教えていただけますか。

 小学館集英社プロダクション様から画集『Replicare』(大学生時代からのある創作の一部をまとめていただいたものです)を刊行していただいた後、新たな画集の制作についてお声がけをいただいたことによります。

 2019年頃から「不穏な田舎」を描いており、世界観がある程度固まっていること、豊富な資料が手元にあり、まとまった数の描きおろしを制作しやすいことから新しい画集のテーマとしてご提案し、それが採用された形です。

 もふもふ巨大生物はKADOKAWA様から刊行された『MofuMofu』にて80枚の描きおろしを作成させていただいたということもあり、もともと描いていた系統のイラストをたくさん描いてみたいとも思っておりました。今回実現して大変光栄です。

――収録作の多くは、「根梨上村」という架空の村を舞台にしています。扉ページには「村史」が紹介され、ひとつのストーリーを感じさせますが、こうした設定は制作時からあったものでしょうか。

「しんばりさん」

 ございませんでした。根梨上村という名称は「しんばりさん」を制作した際に思いつきで添えたものです。今回画集として制作させていただく際、全体に流れとまとまりを与えるため、村史のようなものを初め、各種の設定を作成した形です。

――『ねなしがみ』という言葉の響きも不穏ですね。この言葉に込めた意味やイメージを教えてください。

 そのまま村の名前であったり、「根無し神」として、土着性のない流れ歩く神というイメージであったりします。「音無し神」として、静かにやってきて静かに去っていく神という印象も少しあるかもしれません。

“その瞬間だけそこにいる”異形のもの

――田舎の風景がブルーシートやトラクター、トタンの張られた小屋などとともに、リアルに描かれています。もの久保さんにとって田舎は不穏さ、怖さのイメージと結びついているものなのでしょうか。

 こうした田舎は私にとって、懐かしく、寂しく、ある種虚無を誘われるものです。田舎を舞台にしたホラー作品はたくさんあるようですが、私にとっては怖い場所という印象はありません。ただ、「子供の頃よく知っていたようなそこによくわからない何かがある、いる」という様子を描きたかったのだと思います。

「血が出ている」

――多くの作品には、脚の多い動物、手の生えた植物など、さまざまな異形のものたちが描かれています。これらは一体何者で、どこからきたのか気になりますが、もの久保さんはどんなイメージをお持ちですか。また異形のものたちのイメージは、どのように発想されているのでしょうか。

 どこかから来たなにものかです。それか、その瞬間にだけそこにいるなにかです。神と呼ばれることもあれば、おばけと呼ばれることもあり、とにかく曖昧で、よくわからない存在です。

 そして、デザインとしては、おそらくポーランドの画家、ズジスワフ・ベクシンスキーの作品から影響を受けています。彼はたくさんの手足や指を持った生き物(もしくはそのように見える塊)の絵画を残しています。私は彼の作品が大好きなので、いつの間にか手足の多い怪物も好きになったのだと思います。

――子供たちが怪異に遭遇したり、目撃者になったり、という構図の作品も多いですね。子供を好んで描かれる理由は? また子供たちの多くが、布やバケツで顔を覆っているのはなぜなのでしょうか。

「準備」

 子供の頃は不可解なことが多かったからです。それは怪異に遭遇した、ということではなく、大人たちの間では常識であっても子供である自分には理解できなかった、ということです。子供の頃の私は、作中の怪異のある程度を「変だと思うけど、これは多分普通のことなんだろうな」とぼんやり眺めることができたかもしれません。

 また、私が幼少期に触れた創作物のほとんどは子供が異界に入って冒険する物語でした。異界と子供には親和性があるのかもしれません。また、子どもたちが顔を何かで覆っているのは、彼らを直視しないほうがいいと学んだからです。

違和感を描くことで不穏さを表現

――「くだんがいると聞いた」「しんばりさん」など、民間伝承や土俗信仰の世界を感じさせる作品も印象的です。こうした日本的モチーフには関心をお持ちなのでしょうか。

 幼少期は昔話を読んだり聞いたりして育ちました。また、大学時代に民俗学の講義を取ったことがあります。それから、京極夏彦の小説が好きです。しかし、知識としてはそれだけです。好きではあります。

「くだんがいると聞いた」

――いずれの作品も何かただならぬことが起こっているような、不穏な気配を感じさせます。こうした雰囲気を演出するために、どんな工夫をされていますか。

 どのような形であれ、違和感を描くことができれば不穏になると考えています。その一番容易な方法が、「人間に比べて巨大ななにか」を加えることなのかもしれません。また、明らかに不吉な要素をいくつか加えて、背景を想像してもらえるようにするということもよくします。

――草花や空の色の変化によって、四季の変化を見事に表現されています。そのことが作品をよりドラマチックにしているように感じますが、自然を描くのはお好きですか。

 ありがとうございます。大学生時代以前は人間を主体に描くことが多かったのですが、大学2年生ごろに方法を学んで背景を描くようになって以降、自然物を描くのが好きになりました。今回は「自分が知っている田舎」の自然を多く描くことができて楽しかったです。

大きなものへの憧れと畏れ

――もの久保さんは日々SNS上に作品をアップされていますが、1枚制作されるのにどのくらいの時間をかけておられますか。また制作ツールを教えていただけますでしょうか。

 描くものが完全に決まっていて、要素が少なく、構図も単純である場合は1~3時間程度で仕上がります。しかし、そうでない場合には12時間ほどかかることもあります。制作ツールはPhotoshop CCです。

――着想はどのように得ておられますか。

 散歩をしていたり車を運転していたり、出かけているときにふと思いつくことが多いです。アイデアにはいつも困っていますが、頭をひねってもどうせ出ないのだからと、最近はいろいろなものを見るようにだけして自然に思いつくのを待っています。

「大蝙蝠」

――これまでの作品と『ねなしがみ』は〝大きなものへの畏怖〟という感情が共通しているように思います。ご自分ではその点をどう思われますか。

 幼少期は道路を通る大きなトラックや、風力発電の風車を怖がり通しで、雷や花火のような大きな音も大嫌いでした。しかし、『もののけ姫』は大好きで、大きな生き物への憧れがありました。そのあたりのねじれが、長じて精神上のわだかまりになっている節があるのかもしれません。今も、大きな生き物を描くことは好きですが、実際水族館で大きな水槽の前に立つとぞっとすることがあります。

大学時代に愛読したホラー漫画『不安の種』

――近年は原浩『火喰鳥を、喰う』(KADOKAWA)、田中啓文『件 もの言う牛』(講談社文庫)などホラー小説の装画も数多く手がけておられますね。装画のお仕事の面白さはどんな点でしょうか。

 小説内で語られている要素を反映しながら、やりすぎでない範囲で雰囲気をどれだけ説明できるか、というところが難しさでもあり楽しさでもあると思います。また、許される場合には、こっそりとストーリーのキーアイテムや、個人的に印象深かった物や要素を取り入れさせていただくのが密かな楽しみです。

「満開」

――作風からホラーがお好きなのでは? と推察するのですが、いかがでしょうか。もしお好きであれば、影響を受けた作品(映画、小説、漫画など)を具体的に教えてください。

 『ねなしがみ』について言えば、雰囲気はかなり『不安の種』(中山昌亮、秋田書店)に影響を受けているかもしれません。大学時代によく拝読しました。映画と小説は残念ながら思いつきません。イラストレーターさんで言えば、Piotr Jabłońskiさんや、Simon Stålenhagさんに大きな影響を受けています。

――H・P・ラヴクラフトらの小説を元にした「クトゥルフ神話」の世界観に近いものも感じるのですが……。

 H・P・ラヴクラフトの作品には、高校生の頃仲良くしてくださった生物の教師からの勧めで触れました。全集を2まで購入しましたが、そこから断片的に神話生物などの知識を得て、それで終わってしまいました。

 その後「クトゥルフ神話」と呼ばれる要素を取り入れた作品にいくつか触れましたが、未だにその全容を知らず、「よくわからないけどすごくいい雰囲気の作品ばかりだな」と曖昧な慕い方をした大学生時代を経て今に至ります。「いいなあと思ってはいるもののよく知らない」という恥ずかしい位置です。『ねなしがみ』について言えば、ご指摘を受けて思い出したぐらいなので、少なくとも製作時に意識はしておりませんでした。

――では、『ねなしがみ』の見所、読みどころをあらためてお願いいたします。

 実際に見ていただいてひとつでも記憶に残していただけるものがあれば、それがその方の「見所、読みどころ」になるので、私が「ここを」と強いられるようなものは正直ありません。

 しかし、「トタンとブルーシートと杉まみれの田舎」「敵意は無いらしい大きな『なにか』が徘徊する異界」という要素がお好きであれば、気に入っていただけるかもしれません。どうぞ、よろしくお願いいたします。