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伊藤忠テクノソリューションズ代表取締役社長・柘植一郎さんの本棚 言葉の価値は、速度ではなく質

グローバル社会におけるトップのあり方を探る

 単純で理解しやすい言葉は、速度をもって心に届きます。さながらファストフードで、それはそれでおいしい。しかし、わかりやすければいいのか。これは常々思っていることです。一瞬わかりにくいようでも、入念な取材や膨大な知識に基づく言葉の数々は、時間をかけて味わうほど感銘や発見が心の奥深くに残ります。とりわけ良書は、インフルエンスされることの多い滋味ある言葉の宝庫です。

 読書経験を振り返ると、10代の頃は松本清張や森村誠一の初期作品など、社会派推理小説が好きでした。当時はジャーナリストに憧れていて、大森実の著書もよく読みました。その延長で大人になってから読み始めたのが、半藤一利の著書です。最近では、『世界史のなかの昭和史』。太平洋戦争に突き進む日本を諸外国はどう見ていたのか。日本の政界や軍部や民衆が世界の動静をいかに見誤っていたのか。ヒトラーやスターリンなどキーマンの動きについて初めて知ることも多くありました。ヒトラーと民衆をつないだのはわかりやすい言葉で、その危うさは企業経営にも言えます。グローバル社会におけるトップのあり方や個のあり方について、考えさせられる内容でした。

 長く勤めた伊藤忠商事では、紙パルプなどの生活資材の部署にいました。グローバルビジネスにも携わり、ニューヨークとシンガポールに合わせて10年ほど駐在しました。その後、コールセンターのアウトソーシングを行うグループ企業の経営を経て、昨年CTCの社長に就任しました。IT企業を率いるにあたり、読み返した本があります。大企業病にかかっていたIBMを立て直し、製品からサービスへ、ハードからソフトへとビジネスモデルを転換させたルイス・ガースナーの著書『巨象も踊る』です。共感したのは、「実行こそが、成功に導く戦略のなかで決定的な部分なのだ。将来の新しいビジョンを夢想するより、はるかに重要である」という内容です。初読は20年前ですが、自ら先頭に立って「実行」に全力を傾け、言葉を尽くして社員にメッセージを送り続けたガースナーの経営姿勢には今も学ぶことが多いと感じます。

映像作品を入り口に日頃の興味を深める

 ある頃からアメリカ流マネジメントの本が書店の棚を賑わすようになりました。それらも手に取りましたが、どこか欧米の株主資本主義の限界を感じ、東洋思想に関心が向きました。その入り口として役立てているのが、有料のウェブメディア「テンミニッツTV」です。政治、経済、国際、歴史、科学技術、思想、芸術など様々な分野の専門家による教養動画が視聴できて、どれも1話10分なので、気軽に興味を満たせます。東洋思想では田口佳史氏の佐藤一斎論を面白く視聴し、それをきっかけに積ん読していた一斎の思想書『言志四録』や、一斎が自藩の岩村藩のために作った「重職心得箇条」に改めて目を通しました。一斎が多用した「志」という言葉の意味するところは、心を磨く努力を続けるということでしょう。「風儀は上より起るもの也(社風はリーダー次第)」「政事は大小軽重の弁を失ふべからず(リーダーは物事の優先順位を見失ってはいけない)」といった箴言の数々を日々の戒めにしています。

 映像メディアをきっかけに読んだ本をもう1冊。NHKの番組を書籍化した『欲望の資本主義』シリーズです。特に第2巻は読み応えがありました。フランスの経済学者・ダニエル・コーエンは、資本主義は市場経済とテクノロジーの組み合わせだが、新しいテクノロジーの恩恵を受ける者と、テクノロジーから職を奪われる者との格差が広がっていると語ります。当社はテクノロジーを提供する会社ですので、未来からの警告として読みました。一方で持続可能な社会に貢献するテクノロジーは不可欠です。地球温暖化の進行や岐路に立つ世界情勢の中で企業も社会も大きく変わろうとしています。テクノロジーは夢のある社会の形成に役立つものでなければならず、当社のDX(デジタルトランスフォーメーション)支援などもその一端を担うものでありたいです。

 市場経済とテクノロジーの組み合わせにおいて重要なのは、倫理観に基づく新しい秩序だと思います。そのヒントとして読めるのが、経営学者・ヘンリー・ミンツバーグの『私たちはどこまで資本主義に従うのか 市場経済には「第3の柱」が必要である』です。著者は、個人主義や利己主義の蔓延を憂え、政府や投資家に所有されないあらゆる団体を「多元セクター」と定義してその重要性を説きます。NGOや教育機関などの多元セクターが政治や経済と対等の地位を占めれば、社会のバランスを取り戻せるのだと。読んだのは発行時の6年前です。経営戦略論の大家である著者がこうした警鐘を鳴らしていたことが興味深かったですし、様々な気づきがありました。(談)

柘植一郎さんの経営論

通信キャリア、製造、小売り、商社、金融、官公庁など約10,000社の多様な領域にITソリューションを提供している伊藤忠テクノソリューションズ(略称CTC)。ビジネスの現況と今後について、柘植さんはどう見ているのだろうか。

ITを駆使して持続可能な社会を

 国内外の優れたITサービスや製品を発掘してつなぎ、今や社会基盤といえるITインフラを構築。通信キャリア、製造、小売り、商社、金融、官公庁など約10,000社の多様な領域にITソリューションを提供する伊藤忠テクノソリューションズ(略称CTC)。コロナ禍をはじめ外部環境が大きく変化する中、2021年3月期は最高益を達成した。

 「国内の景気は依然として厳しい状況にありますが、情報サービス産業においては、テレワーク需要の増加や、通信キャリアの5Gの商用サービス提供開始を見据えた投資が追い風となっています。IoTやAIを活用した新製品や新ビジネスも次々と生まれており、この状況はしばらく続くと考えられます。ビジネスチャンスを逃さず、成長を目指していきます」と、柘植一郎社長。

 ITを通じた社会課題の解決にも積極的に取り組んでいる。「例えば、クリーンなエネルギーや環境負荷の低減に貢献するデータ分析のシステム。また、災害から人を守るシミュレーションのシステム。あるいは、5Gで人と人、人と情報をシームレスにつなぎながら、高齢者や障害者が使いやすいサービスを提供するシステム。こうしたシステムの活用を企業や研究機関に働きかけるなど、あらゆる活動に『持続可能な社会の実現』という視点を取り入れていきます」

中核事業は、DX、クラウド、5G

 中核事業は、DX(デジタルトランスフォーメーション)、クラウド、5Gだ。コロナ禍で生活が一変したことで、企業のDXに対する真剣度は上がっているという。

 「データを有効活用し、新しい価値を生み出すDXがあらゆる領域で進展していくでしょう。CTCへの期待も高まっており、相談案件が増えています。DXというと、経営層の話に思われがちですが、DXによって変わるのは働く現場であり、一人ひとりの生活です。この事実を認識した上で、CTCらしい地に足の着いた施策や最適なシステムの実装を提案していきたいと思っています。DXの前提となるクラウドと5Gは当社の得意分野で、高速大容量・多接続・低遅延などを実現しています。5G、IoT、AI技術を組み合わせ、現場の業務を効率化し、サポートするようなインテリジェントなエッジコンピューティングも実用段階に入ってきました。DXの加速に対応できるインフラの構築と、提案力の向上をさらに進めていきます」

 柘植社長の経営信条は、「現場・現実・実態」。コールセンターのアウトソーシングを行うベルシステム24の経営を担っていた際は、35,000人にのぼるコミュニケーターのパフォーマンスの向上のために現場の声を聞いて回り、職場環境の快適化などに努めた。

 「CTCでも姿勢は同じ。コロナ禍で直接の対話を控えざるを得ず、隔靴掻痒の感もありますが、社員の7割がエンジニアなので、それこそITの力を借りて声を拾い、パフォーマンスの向上につなげていきたいと思っています」

柘植社長の経営論 つづきはこちらから