――小池真理子さんの作品世界に寄り添い、読む前と読んだ後でさし絵の見え方が変わるような重層性をもった絵でした。
これまで読者としてさし絵を見てきたときに、テキストとあまりにかけ離れていると、それぞれが作品世界として独立したものであっても、つまらないと感じていました。おこがましいのですが、さし絵とテキストはそれぞれが刺激しあい、両方がさらに高まるようなものであるべきだと信じています。
真理子さんの原稿を編集者から転送してもらうのは、毎週月曜日でした。原稿を読み、火曜日に構想を練って、下絵を描き、木曜日、遅くとも金曜日には編集部に絵を渡すというリズムです。常に頭のなかが「梟」で一杯で、空いている時間があっても、ほかの絵が描けないくらいでした。連載期間を振り返ると、何も考えずに駆け抜けたという印象です。
――哀しみを湛えた青色が印象的でした。
母を看取った過程で、描けなくなった時期がありました。「生」と「死」が一体だと感じ、なんとか絵と向き合えるようになったときに選んだのがブルーでした。どの瞬間も美しく存在し続けるものの象徴として青いバラを描くなかで、ブルーの色調には哀しみだけでなく、希望や永遠の記憶など、さまざまな思いを込められることがわかりました。
『月夜の森の梟』の単行本のカバーの絵は夜明けの森の風景です。どんなに今はつらくとも、夜は明け、未来に希望があることを意識して描いています。
――さし絵に対する読者からの反響も回を追うごとに増えていきました。
さし絵に感想をもらうことはめったにないので、たくさんの方に的確な感想をいただき、うれしかったです。スタート当初は毎回どこかに梟を出そうかとも考えていました。そんな作為が消えてしまうほど真理子さんの強い作品世界にのめり込むうちに、自然体での向き合い方ができるようになってきました。印象に残っているのは、藤田宜永さんのジーンズを処分する話(第29回)のさし絵で、空中を見ている猫の絵を描いたことです。きっと猫には何かが見えている、あるいは、処分してよかったんだよと藤田さんが言いにきたのを感じていると読者の方たちが感想を送ってくれて、描き続ける勇気がわくとともに、読者の方たちとの絆を感じました。
新聞としてはさし絵が大きいことに加え、縦長の特殊な形だったので、構図には苦労しました。最初は余白が怖かったのですが、鏡に映った猫の絵を描いたときに思い切ってみました。自分の制作では選ばないであろうウミガメを描くなど、大変だったけれど、一枚一枚の絵が印象に残っています。
――小池さんとは文庫の装画などを通して公私ともに親交があるそうですね。
「梟」の原稿が届くと、なにをおいても真っ先に読みます。藤田さんを喪ったつらい記憶を思い出し、身を削るように書いている真理子さんが大丈夫だろうかと心配するのですが、読み出すと、作家としての真理子さんに凄みさえ感じました。
リアルな日常を作家としての観察眼で切り取ったエッセーを読み進めるうちに真理子さんが書くように「可笑しくて泣いていた」こともあれば、作家としての超絶技巧を尽くした短編小説のような味わいに呆然とすることもありました。父が見た「雪女」の記憶を自らに重ねた第28回はエッセーという概念を超えた作品でした。雪のなかの情景が浮かび、一文字ずつたどっていくと、あっと驚かされる。真理子さんのおっしゃっているように、計算して書いたのではなく、哀しみを見つめ、そのとき書きたいものを書いたからこそ、小説家としての経験の結晶のような作品が生まれたのだと思います。この作品にはどんな絵を添えるべきか悩みました。「雪女」を描いてしまっては台なしです。悩んだ末に、積もった雪の上でこちらを振り返る「てん」を描きました。月夜の森に帰っていく「てん」なのか、「てん」もまた人寂しく、孤独なのか、見る人に解釈はゆだねています。
家族を喪った人間として共感できると同時に、作家同士の夫婦の踏み込めない領域が描かれることもあって、そのバランスが絶妙でした。二人が一緒に暮らすようになって持ち寄った三島由紀夫作品が重なっていなかったことや、藤田さんが病を得てから、三島よりも太宰治の話を好んでするようになったことを描いた第22回を読んだときは、表現者として二人がひかれ合った理由が垣間見えた気がしました。
初めての新聞連載にもかかわらず、真理子さんには自由に描いていいと言ってもらえました。一生懸命に駆け抜けた記憶しかありませんが、自分の画家としての一生のなかでも大切な仕事になりました。
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小池真理子さんのエッセー「月夜の森の梟」は2020年6月から翌年6月末まで、朝日新聞土曜別刷り「be」に掲載された。2020年1月に死去した夫であり、作家の藤田宜永さんをしのぶとともに、哀しみを通して人間存在の本質を問う内容には大きな反響があった。便箋10枚、20枚といった手紙が届き、メールを含めれば千通近いメッセージが寄せられていた。11月に連載をまとめた単行本『月夜の森の梟』(朝日新聞出版)が刊行されたことに合わせ、追悼を文学に高めたと評されたエッセーの一部を紹介するとともに、その魅力を探っていく。