稲泉連が薦める文庫この新刊!
- 『まっくら 女坑夫からの聞き書き』 森崎和江著 岩波文庫 814円
- 『極夜行』 角幡唯介著 文春文庫 880円
- 『ゴリラの森、言葉の海』 山極寿一、小川洋子著 新潮文庫 649円
1950年代から60年代にかけて、北九州の筑豊に「サークル村」という交流誌があった。(1)はその創刊メンバーの一人・森崎和江が、かつて炭鉱で働いた女性坑夫たちの世界を聞き書きしたデビュー作。11編の「語り」の激しさに圧倒された。「最初はえずい(こわい)もんですばい。狸掘(たぬきぼ)りのごたるこまい炭坑での、仕繰りも何もかもおなごがしよった」――。仕繰りとは坑道の補修のこと。地の底で働く苦しみと誇り、愛や抵抗。荒々しい語りに〈幾重にも折れ重(かさな)っているヤマの感情〉が滲(にじ)む。あまりに濃密な日本近代の精神の記録だ。
4カ月間にわたって太陽が昇らない北極圏の極夜。(2)は一匹の犬とともにその時を旅したノンフィクション。ブリザード、海象(せいうち)や狼(おおかみ)、食料を奪う熊。月の光にも幻惑されながら著者は闇夜を全身で知覚していく。人の誕生を追体験するような暗闇を潜(くぐ)り抜けた後、氷と空の境に浮かび上がる陽光の描写のなんと美しいことか。世界そのものに触れようとする姿に〈探検表現〉の極致を見る思いがした。
霊長類研究の大家と小説家が、ゴリラの生態について語り合う(3)。研究の様々なシーンが父性や愛、神や物語といった幅広いテーマとつなげられ、さらには作家の裡(うち)にある「言葉」や「表現」の問題にも到達していく。次第に深まる対話の過程に、強く惹(ひ)きつけられる魅力があった。ゴリラの社会を観察する学者と作家の視線が交錯した先に、人間社会のあり様もまた照らされる刺激的な一冊だ。=朝日新聞2021年11月27日掲載