悪人の先達、とは穏やかでない。本書の元となったのは、聖典の学習誌への足かけ6年の連載。「タイトルを編集者に提案されたとき、びっくりしましたが、話すうちに僕がずっと持っていた視点とかみ合うな、と」。それは、善悪は単純には割り切れない、という人間観だ。
平安末期から昭和に至る浄土真宗の歴史に名を残す10人に、物語風の伝記で迫った。最もページを割いたのは、悪人こそ救われる、という悪人正機説で知られる宗祖・善信房親鸞だ。比叡山での修行に挫折し法然の門下となった後、流罪に処せられた親鸞は、「『善人』として歩むことができなかったという思いを抱えながら生きていた」。ほかに、源平合戦で多くの敵をあやめた熊谷直実(なおざね)や、織田信長との合戦に門徒を駆り出した顕如と教如、浄土の捉え方をめぐり異端とされ大学を追われた金子大栄らを取り上げた。
史実を大切にしつつ、史料が乏しい部分は想像力で補った。例えば、山伏の弁円(べんねん)が殺意を抱いて親鸞と面会する場面。史料では弁円からたちまち殺意が消え、涙を流したと記されているだけだが、きっと語らいがあったはず、と踏み込んだ。「プロットを練っている時間が一番きつかった」と振り返る。
執筆の根底には、人に分かりやすく伝えたい、との思いがある。福岡県の寺に生まれ、龍谷大に入学したころ、「仏教の難しい参考書を読んでいると眠くなった」。だが、論理立てて説いてくれる理系出身の師に出会い、学問の楽しさに目覚めた。
福岡と大学のある京都を往復しながら、法話のため各地を飛び回っている。「学び続けていると、知識の点と点がつながるときがある。ああ、親鸞聖人はこれがおっしゃりたかったんだ、と。そのとき、聖人にお会いしたような気持ちになるんです」(文・吉川一樹 写真は本人提供)=朝日新聞2021年11月27日掲載