これは、小学生のときに繰り返し読んで、親友のように感じていた一冊だ。
赤毛のお下げ髪にそばかすだらけの顔、長靴下をはいた怪力の女の子、ピッピ。彼女は赤ん坊の時に母親を亡くし、父親は嵐で行方不明に。父親が見つかるまで「ごたごた荘」で暮らすため、スウェーデンの小さな町に引っ越してきた。
隣家に住む子供たちと出会った時、ピッピは肩にサルを乗せて家の外へ出て行くところだった。そして家に戻るときに、後ろ向きに歩いてくるのだ。なぜそうするのかと尋ねられて、ピッピは答える。「エジプトじゃ、だれもかれも、こうやってあるいてて、このあるきかたがおかしいなんて、だれもかんがえやしないのよ」
この出会いの場面が強烈で、すぐにピッピが大好きになった。父親と一緒に世界中を旅してきた彼女の話に出てくる、さまざまな国の名前や、面白いエピソードに胸を躍らせた。ピッピの話はとびきり奇妙で、実際にエジプトの人は後ろ向きに歩かないとわかってはいたが、それでも海外の人々はすごく多様なのだということも感じ取れた。多くの都市を知っていて、自由に生きるピッピに憧れた。
ピッピのように世界中を旅する大人にはならなかったが、編集者になって、さまざまな国の本を翻訳出版してきた。イギリス、アメリカ、ドイツ、スペイン、シリア、ノルウェー。来年はインド人作家の本も担当する。国を越えて読まれてほしい素晴らしい小説を、日本の読者にたくさん届けたいと考えている。=朝日新聞2021年12月15日掲載