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死と向き合った群像劇「もう生まれたくない」など新井見枝香が薦める新刊文庫3冊

新井見枝香が薦める文庫この新刊!

  1. 『もう生まれたくない』 長嶋有著 講談社文庫 715円
  2. 『1R(ラウンド)1分34秒』 町屋良平著 新潮文庫 539円
  3. 『喉(のど)の奥なら傷ついてもばれない』 宮木あや子著 集英社文庫 660円

 (1)X JAPANのTAIJI、スティーブ・ジョブズ、ダイアナ妃――。ふいに知らされる有名人の訃報(ふほう)は、純粋な驚きとともに、人々の世間話となって共有されていく。それが個人的な感情や状況と結びつき、記憶されることで、会ったこともない遠い人の死に、影響を受けていた。誰もが必ずいつかは死ぬという絶対的な事実を、もはや平静に受け入れているように見える登場人物たちだが、様々な死と、死なないということが繰り返される群像劇の中で、さざなみのように揺れ続けている。

 (2)対戦相手のボクサーを研究するうちに、夢の中で親友になってしまうぼくは、デビュー戦以降、勝つことができない。パチンコ屋のアルバイトも続かず、トレーナーにも見捨てられ、新たにあてがわれた現役ボクサーのウメキチに心を開けないぼくは、「勝ちたいのか?」の問いにすら、沈黙してしまう。めんどくさい奴(やつ)、とひと言では片付けられないぼくの思考の渦は、いわゆるスポ根とは別の熱を孕(はら)む。

 (3)それぞれの欠落を抱えた人妻たちの短篇(たんぺん)集。「肌蕾(きらい)」では、オーガニックを売りにするカフェで調理を担当する喜紗子(きさこ)が、大学生アルバイトの高田と関係を持ってしまう。健康的な食事を妄信する母に育てられた彼女は、夫にも手を掛けた料理を振る舞うが、そこに平然とマヨネーズやウスターソースをかけられることには、口出しをしない。それは高田の手を導いたことと同じで、彼女の静かなる怒りを感じる。=朝日新聞2021年12月18日掲載