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筧裕介「認知症世界の歩き方」 本人の視点で困り事を学ぶ

 認知症のある人、約100人へのインタビューをもとに、本人視点で、生活の中での困り事を洗い出し、描かれた本だ。これほどポップな本も珍しい。認知症の世界を旅行するガイドブックとして、本当に絵地図が折り畳まれて入っている。「乗るとだんだん記憶をなくすバス」に乗り、「入るたびに泉質が変わる温泉」に入り、「足元が蜃気楼(しんきろう)のように揺れる錯覚砂漠」を歩く。

 健康な人と認知症のある人とを区別することなく、誰でも経験することの延長として、認知症世界に導かれる。認知症には、アルツハイマー型認知症、レビー小体型認知症、脳血管性認知症など、色々な種類がある。種類によって全く症状が異なるのだが、この本は、それも区別しないで、認知症だったら現れる可能性のある症状を網羅する。脳というシステムの、どこかに小さな問題が現れれば、起き得ることのカタログといっていい。

 当事者からの「こんな所を知ってほしい」という気持ちが、ユーモアを持って描かれる。例えば、「目に見えないものを頭の中で想像できない」ために困ること→「冷蔵庫の扉を閉めた途端に中身がわからなくなる」、「細かい色の差異を識別できない」ために困ること→「トイレの床も便器も白いと、どこに座ってよいのかわからない」などと気持ちが紹介されている。私の母も認知症と診断されて6年だ。生活に楽しみを作ろうと、旅行をしたせっかくのホテルで、母はトイレが難しかった。

 当事者の視点がわかれば、工夫もできる。「認知症の課題解決は、デザイナーの仕事だ」という筧さんの言葉が印象的だった。「認知症にはなりたくない」と予防法や治療法だけを考えるのではなく、受け入れ、暮らしやすくする方法を考えることも必要だ。人間は、何か問題があるとき、工夫の仕方がわからないと、いら立ち、拒絶するものである。恐怖や拒絶感でなく、ただ「どうしたの?」と労(いたわ)る気持ちを持てるように、この本は作られたのだと思う。=朝日新聞2022年1月15日掲載

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 ライツ社・2090円=10刷10万部。21年9月刊。監修は認知症未来共創ハブほか。著者は75年生まれ。社会課題を解決するための研究、実践に取り組むデザイナーで慶応大特任教授。