以前にこのコーナーで、エアコンが苦手のため、夏は扇風機が頼みと書いた。とはいえさすがにこの数年は、おとなしくエアコンのお世話になって過ごしている。
ただ夏の暑さが厳しくなり始めた時、真っ先にエアコンが必要となったのは、わたしではなく仕事用のパソコンだった。もともと朝から夕方まで、締切(しめきり)前には夜中まで動かし続けているパソコンだ。内部の熱がこもり、俗に熱暴走と言われるエラーを起こしたらしく、突然動かなくなったり電源が落ちるトラブルが、ある時から続出し始めた。パソコン冷却マットを買ったり、扇風機の風を当てたりしたが、辛抱だの気合だのが通じる人間とは違って機械はシビアだ。室温が29度を超えるあたりから、途端に具合が悪くなる。これぐらい、わたし一人なら扇風機で乗り切れるが、物言わぬパソコンを説得もできない。ごくゆるくエアコンをかければ、途端にエラーが治まる。かくして以来、気温が高い時期のエアコンは必須となった。
冷房をかければ、わたし自身も身体が楽だし、仕事効率も上がる。そして実際、その翌年頃から盛夏の暑さは命の危険すらあるレベルとなったが、もしパソコンのためにエアコンを使い始めなかったらどうだっただろう。わたしは自分一人のために果たして適切に冷房を使えただろうか。案外、「これまで大丈夫だったんだから」と我慢をして、体調を崩していたかもしれない。
人は自分のためには軽視してしまうことも、他人のためと思えばできたりする。とはいえそれがパソコンのためとは、我ながら珍妙な気もするが、なにせかれこれ十年近くも苦楽を共にしている仕事仲間だ。しっかり動いてもらわないと話にならない。――いや、それともこのパソコンは「こいつ、放っておくとエアコン使わないぞ」と危ぶんで、冷房をかけろと促してくれたのだろうか。いずれにしてもこの原稿を書いている今、我がパソコンは非常に好調に稼働している。=朝日新聞2025年7月16日掲載
