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「共振する帝国」書評 戦時の「上品な人種差別」現在も

評者: 戸邉秀明 / 朝⽇新聞掲載:2022年01月22日
共振する帝国 朝鮮人皇軍兵士と日系人米軍兵士 著者:タカシ・フジタニ 出版社:岩波書店 ジャンル:社会学

ISBN: 9784000614948
発売⽇: 2021/11/15
サイズ: 22cm/396,60p

「共振する帝国」 [著]T.フジタニ

 80年ほど前、朝鮮人皇軍兵士と日系人米軍兵士は、同じ戦争に駆り出された。ただし戦後は対照的だ。一方は日本人ではないとして長く補償を拒まれ、他方は戦功を讃(たた)えられて日系人の地位向上の礎となった。
 この違いからみると、著者の議論は意外に映る。戦時下、社会的少数派に対する日米の政策は、体制の違いにかかわらず、覇権を競い合うにつれて似通っていく。両国とも、総力戦による兵力消耗を補うため、多人種・多民族を統合する帝国の度量を示す必要に迫られた。そこで排除を主とする「粗野なレイシズム(人種差別)」から、差別を否認して主流社会への献身を促す「上品なレイシズム」への移行が始まる。
 この時、なぜ「志願」が重視されたのか。進んで命を賭す主体性は、「妥協なき忠誠心を自由意思のもとに宣言する」ことで生まれるからだ。能動性を引き出すために決断をさせ、その責任は個人に負わせる。現在に通じる矛盾が戦時をも貫く様に、慄然(りつぜん)とする。
 だが日系人の志願は、米軍の期待よりずっと少なかった。敵性外国人として収容所に送りながら忠誠を求める国家の二枚舌に、「戦うべき自由や正義がどこにあるのか、教えてください」と、二世は「逆質問」で抵抗した。朝鮮でも、差別に憤る志願兵たちが反乱の計画を練っていた。
 他方で同調の波を作り出す戦略も巧妙になる。戦後、反戦映画を撮る今井正監督が、戦時には「内鮮一体」をうたう映画をつくっていた。異民族や女性さえ「自決」によって真の国民になれるとする論法が、映画でも日米で共振していく。
 もちろん、二つのレイシズムは今も併存し、都合良く使い分けられる。LGBTの尊重を言いながら、剝(む)き出しの憎悪が路上やSNSを闊歩(かっぽ)する現状も日米共通だ。このちぐはぐさこそ、戦時に始まる新たな統治の仕組みだとしたら? 遠い昔のはずが、見えてきたのは私たちの姿ではないか。
    ◇
Takashi Fujitani トロント大教授(日本近現代史、アジア太平洋研究)。著書に『天皇のページェント』など。