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「『ローリング・ストーン』の時代」書評 若者革命をビジネスにした「神」

評者: 生井英考 / 朝⽇新聞掲載:2022年01月22日
『ローリング・ストーン』の時代 サブカルチャー帝国をつくった男 著者:中島 由華 出版社:河出書房新社 ジャンル:伝記

ISBN: 9784309291673
発売⽇: 2021/12/02
サイズ: 20cm/814p

「『ローリング・ストーン』の時代」 [著]ジョー・ヘイガン

 かつて雑誌は時代の瞬間風速計だった。それぞれの時代に風向きをいち早く受け止める雑誌があり、アメリカの1920年代なら「タイム」と「ニューヨーカー」と「リーダーズ・ダイジェスト」が、30年代は「エスクァイア」と「パーティザン・レヴュー」が、そして50年代には「プレイボーイ」が、教養主義の大衆化から性意識の変化までを体現して創刊された。
 インターネットの抬頭(たいとう)で印刷媒体の優位が崩れた今も、時代になびきながら渦を巻き起こすメディアの感性は普遍的だ。その理(ことわり)の与える示唆が、60年代の対抗文化を象徴した「ローリング・ストーン」編集長ヤン・ウェナーの半生を描く本書にある。
 およそ公認の(つまり本人お墨付きの)伝記同様、本書もウェナーを神格化する。但(ただ)しその「神」は驚くほど俗物だ。いわく、彼は少年時代から上昇志向で、周囲から「鼻持ちならないうぬぼれ屋」と思われ、実際そうだった。67年創刊の「ローリング・ストーン」はロック評論を高尚に語る姿勢を定型化し、70年代には政治報道や調査報道にも進出したが、論調はしばしば「傲慢(ごうまん)無礼なふるまいと子供っぽい気まぐれ」にみちた編集長の人柄に似て、しかも性差別的だった。
 著者はウェナーが「若者革命を驚くほど利益の上がる事業に変え」た過程を縷々(るる)描き出す。但し注意すべきは、そう書く本人が同誌の寄稿家で、ウェナー自身から本書を依頼されたことだ。本書の人物像はいわばポスト対抗文化時代のジャーナリズムによるメディアの自己像なのである。
 そう考えるなら、次に勝る今日的な示唆もないだろう。実はウェナーと同い年の著名人がドナルド・トランプ。著者はいう、彼らは「政治的には意見が異なるとしても、性格的に驚くほどよく似ていた。二人ともたいへんなナルシシストで、有名になることが存在証明の最たるものであると考えている」のだと。
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Joe Hagan 米「ヴァニティ・フェア」誌の特派員。「ニューヨーク」誌など各紙誌に寄稿している。