1. HOME
  2. コラム
  3. 売れてる本
  4. 佐藤雅彦、大島遼、廣瀬隼也「解きたくなる数学」 現実世界に美しさ見る快感

佐藤雅彦、大島遼、廣瀬隼也「解きたくなる数学」 現実世界に美しさ見る快感

 中学生の頃、数学部というクラブに所属していた。私はそこで主として数学パズルを遊んでいた。本書の参考文献にも挙げられているマーチン・ガードナーなどは中学生の私にとってなじみ深い名前だった。

 本を開く。まずパラパラと眺める。問題は基本的に見開きに収まっていて、チョコレートやコップといった身近なものを使って大きく写真が示され、問題文も簡潔である。なるほど、解きたくなるかも。1問目。ま、小手調べかな。2問目。ふむふむ、あ、こう来たか。でも、これは少し数学を知らないとできないね。3問目。へっへっへ、私の手にかかればこんなもの。と、導入が終わって本編に。

 難易度は個人差がある。さくさくできる人もいれば、お手上げという人もいるだろう。おそらくその中間の人が一番この本を楽しめる。1分考えて分からなかったなら、問題を頭に入れて、本を閉じる。実に、読書をやめてからが、本書の真のお楽しみ時間なのである。

 私はそうしてある問題を頭に入れて昼食を食べに出た。解けないのがくやしい。だが、なんと、カボチャの天ぷらをかじったそのときだった。解けてしまったのだ。ちなみに、カボチャの天ぷらと解答との因果関係はまったくない。

 本書の問題の多くは、核心が見抜けないと手のつけようがない難問にもなるが、逆に核心が見抜けるとはらりとほどけてくる。ああ、久しぶりだなあ。この快感。

 数学の美しさは、思考が開く抽象的な世界にある。それをこの本はイデアの影たる具象の世界に実現する。それが解きたくさせる仕掛けである。しかし実際に解こうとすると、やはり抽象的な世界に入り込むことになる。少なくとも私はそうだ。だけど、そんな抽象アタマの人間に、この本はひとつのことを気がつかせてくれた。このいささか秩序を欠いた現実世界の中にも、数学の世界はそのまま現れているのだ。=朝日新聞2022年2月5日掲載