村上貴史が薦める文庫この新刊!
- 『密室黄金時代の殺人 雪の館と六つのトリック』 鴨崎暖炉著 宝島社文庫 880円
- 『夜明け前の殺人』 辻真先著 実業之日本社文庫 836円
- 『修道女フィデルマの采配 修道女フィデルマ短編集』 ピーター・トレメイン著 田村美佐子訳 創元推理文庫 1034円
(1)は『このミステリーがすごい!』大賞・文庫グランプリ受賞作。曰(いわ)く付きのホテルを舞台に著者は矢継ぎ早に密室殺人を繰り出す。施錠されたドアの唯一の鍵が瓶に封じられて密室内に置かれていたり、ドアの開閉を妨げるように遺体をドミノが囲んでいたりと、高い強度の密室が並ぶ点がまず嬉(うれ)しい。しかも、その密室ミステリを支える大小様々なトリックは、質の面でも高水準。探偵役を務める高校二年生の男女ペアの造形も確かで、謎解きに次ぐ謎解きを素直に愉(たの)しめる。
大ベテランが一九九九年に発表した(2)は、今回が初の文庫化。『夜明け前』をはじめとする島崎藤村の作品を題材に、舞台役者たちの世界を描いた。企業メセナが流行(はや)った九〇年に起きた上演中の変死事件を、メセナが下火になった九九年の事件と重ねて語った本作は、役者たちのみならずスポンサー企業など周辺の存在にもきっちりと目を配ったミステリに仕上がっていて満足度は高い。作中の暗号を含め、藤村の作品の活(い)かし方も巧みだ。
(3)は、七世紀のアイルランドを舞台に、王の妹であり法廷弁護士でもあるフィデルマの活躍を描いたシリーズの最新作。長編も短編集も人気だが、今回は五話からなる短編集だ。厨房(ちゅうぼう)から魚が消え、料理長が殺された事件や、跡継ぎ争いの現場で起きた候補者殺人事件などでのフィデルマの鮮やかな推理が語られるのだが、同時に、裁きという観点での苦悩も描かれる。五つのそれぞれに異なる美味(苦みもある)を堪能できる一冊だ。=朝日新聞2022年3月5日掲載