ISBN: 9784788517516
発売⽇: 2022/01/15
サイズ: 20cm/399,5p 図版16p
「廃墟からの歌声」 [著]ウィリアム・J・シャル
著者は広島、長崎の被爆者の健康調査、遺伝調査に尽力した研究者。その回想録だが、研究成果のみにふれた書ではない。日本を理解する「心理的移行過程」を克明に著しており、稀有(けう)な日本人論でもある。
1947年初め、マッカーサーは日本に原爆傷害調査委員会(ABCC)の設置を承認する。著者はここでの研究を希望して来日、以後40年にわたり関わり続けた。放射線に由来するがんの発生、親の放射線被曝(ひばく)と胎児への影響など研究テーマは広く、結論の一部は文中でもふれられている。大学在学中に兵役についた著者は、太平洋戦争下、フィリピンで外科技師として負傷兵の治療にあたった。傷病兵を射殺して撤退する日本軍の残酷さに驚く。
日本に来て広島、長崎はじめ各地を歩き、風景、人情にふれる。しかし街中で傷痍(しょうい)軍人の物乞いの姿を見たときのことを、「戦時中の経験についての思いが、心の中で荒れ狂いました」と振り返っている。著者は日本人の傲慢(ごうまん)さを批判しながらも、庶民や子供たちの持つ人懐こさや屈託の無さに惹(ひ)かれていく。特に研究上の同僚、あるいは先達の中には、例えば京大の駒井卓教授ら人格者も多く、本当の意味での「先生」だと畏敬(いけい)の念ももつ。こういう研究者の業績が他国にも評価されていると喜ぶ。
著者は日本のカトリック史にも関心をもつ。その目で、長崎の一人のカトリック被爆者を紹介している。古くからのカトリックの家系で育ったこの人物は、著者の良き協力者である。彼は家族を原爆で失ったが、他のカトリック教徒と同様に自分たちの悲劇を「神の御心(みこころ)」と思っているとも明かす。信仰が深まった理由の一つとして、カトリックの医師永井隆博士の功績があったという。
日本人の文化、伝統への理解を深めたとき、著者は、あの戦争の内実にますます不思議な感がしたであろう。そのような呟(つぶや)きが行間から聞こえてくる。
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William J.Schull 1922~2017。元米テキサス大名誉教授。日米で長年、放射線遺伝学を研究。