平凡な主婦たちが吸血鬼と対決!「吸血鬼ハンターたちの読書会」
まずご紹介したいのは、グレイディ・ヘンドリクス『吸血鬼ハンターたちの読書会』(原島文世訳、早川書房)。「吸血鬼ハンター」といえばブラム・ストーカー以来、十字架を携えた男性のイメージが強い。しかしこの小説でおそろしい吸血鬼と対決するのは、ごく平凡な中年女性たち――作中の言葉を借りるなら「白ワインを飲みながら長々と本について話す、たわいない南部の女たち」――だ。
舞台はアメリカ南部にある高級住宅地。主人公のパトリシアはちょっと変わった読書会に参加している。5人の主婦からなるその会が取り上げるのは、ドラッグストアで売られているような扇情的な犯罪ノンフィクションや犯罪小説ばかり。日々家事と育児に追われるパトリシアにとって、犯罪本を肴に仲間とおしゃべりできる読書会は、貴重なリラックスタイムなのだ。
そんなある日、パトリシアの周辺で奇妙なことが起こり始める。近所の老婦人の豹変(血まみれでパトリシアに噛みついてくる!)、屋根の上に現れた侵入者、町の貧しい地区で相次ぐ失踪や不審死。パトリシアは老婦人の親戚を名乗る青年ジェイムズに疑惑の目を向ける。アメリカ国内を転々としてきたジェイムズの正体とは一体?
忌まわしい異邦人による共同体の侵犯、というストーリーだけを取り出すなら、本書はごくオーソドックスな吸血鬼ものだ。作者はそこに子どもの反抗期や義母の介護に頭を悩ませるパトリシアの日常を重ね合わせることで、手垢のついたテーマに新たな力を与えている。女性同士の連帯を描いたシスターフッド小説としても、従来のホラーでは無視されがちだった「親たち」の葛藤や成長を描いた物語としても、読み応え十分のご近所吸血鬼ホラー。日々の生活に疲れた大人たちにおすすめ。
壮大で美しいアイデアに支えられた耽美派吸血鬼小説「愚かな薔薇」
『愚かな薔薇』(徳間書店)は直木賞作家・恩田陸が吸血鬼テーマに挑んだ600ページ近い大作だ。山間の町・磐座(いわくら)で4年ぶりに開催されるキャンプに参加するため、各地から集まってきた少年少女。事情を知らないまま送り出された14歳の高田奈智は、キャンプが外海(=宇宙)を旅する「虚ろ舟」の搭乗者選別を目的としていること、磐座で暮らす参加者は吐血をくり返し、やがて歳をとらない「変質体」になっていくことを知る。この小説の中心にあるのは、血を吸う不死者たちが永遠の時間を超えて宇宙を旅する、という壮大で美しいSF的アイデアなのだ。
未来への憧れと不安で揺れ動く参加者たちの心理を、ミステリアスな事件を織り交ぜつつ描いた物語は、本屋大賞受賞の名作『夜のピクニック』などを彷彿とさせるノスタルジックな青春小説に仕上がっている。地方都市、学園もの、奇妙な風習などを描いた恩田作品が好きなら、迷わず手に取るべきだろう。
一方でこの作者にしては珍しく、エロティシズムの要素が強いのも特徴。よく指摘されるように、吸血行為には性行為のイメージが重なるからだろう。血を求め、提供者の家を夜ごと訪れる少年少女の姿は美しくもエロティック。萩尾望都『ポーの一族』以来、わが国のお家芸である“耽美派吸血鬼物語”の新たな収穫といえる。
これも広義の吸血鬼もの? 呪われた一族の秘密描く「メキシカン・ゴシック」
シルヴィア・モレノ=ガルシア『メキシカン・ゴシック』(青木純子訳、早川書房)の舞台は1950年のメキシコ。病床の従姉カタリーナを見舞うため、メキシコシティからさびれた田舎町にやってきた大学生のノエミ。彼女を待ち受けていたのは、古風なヴィクトリア朝の邸宅に暮らすドイル家の面々だった。かつて銀の採掘で巨万の富を得たドイル家は、差別意識に凝り固まった老当主ハワードの顔色をうかがいながら、浮世離れした日々を送っている。カタリーナの力になろうと奮闘するノエミだったが、次第に悪夢に悩まされるようになる。この屋敷は何かがおかしい……。
エドガー・アラン・ポー「アッシャー家の崩壊」や、シャーロット・ブロンテ『ジェーン・エア』、そしてストーカー『吸血鬼ドラキュラ』など、多くのゴシックロマンスを参照して書かれた本書は、吸血鬼ものの亜種と呼んでもさしつかえないだろう。実際ハワード家には人の生気を吸い取る、不死者が潜んでいるのだ。
しかし著者が用意した事件の真相は、もっとおぞましく意外なものだった。ここでその独創的なアイデアに言及したいのだが……、ネタばらしになるので語るわけにいかない。ぜひとも読んで、あっと驚いていただきたい。しかもそのアイデアが、新旧の価値観の対立を描いた物語と響き合っているのが素晴らしい。ホラーという文学形式への確固たる信頼に裏打ちされた、現代ゴシックホラーの秀作。英国幻想文学大賞など、複数の文学賞を受賞したのも納得である。
最近でもテレビアニメ「吸血鬼すぐ死ぬ」がヒットするなど、高い人気を誇る吸血鬼もの。漏れ聞くところによれば、今年はさらに数冊の吸血鬼小説集が刊行される予定という。イノベーションをくり返し、しぶとく時代に適応し続ける吸血鬼ものから、まだまだ目が離せない。