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一面見出しを書き込む 湊かなえ

 熱しやすく冷めやすい私のリサイクルブームはとうに過ぎ去り、積み上がった新聞の山を見て、ため息をつくばかり……。

 定期購読やめようかな。

 一面トップの見出しは、ほぼ毎日、昨夜のネットで見たニュースで、記憶に留めようともせずに流し読み。昨日の見出しは何だっけ? などと考えながら、ふと、大学時代の自分を思い出しました。

 六畳一間の私のアパートには、テレビがありませんでした。もともと配線がなく、自費で室内アンテナを設置しなければならず、無くてもいいか、とラジオ生活をしていたのですが、流していたのは音楽番組ばかり。世の中でどんなことが起きているのか、まったく知ろうとしない日々を送っていました。

 これではダメだろう、と思ったのは、就職活動を意識し始めた大学三年生になった頃。新聞くらい読まなければ、とアパートの隣家に住む大家さんに頼みに行ったところ(そういう決まりだったので)、翌朝から新聞が届くようになりました。

 どうしてそれを思いついたのか、まったく記憶にないものの、当時の私は一面トップの見出しを、手帳の見開きカレンダーに毎日書き込むことに決めました。そうすると、手帳を開くごとに、昨日のニュース、先週のニュース、と過ぎた日のニュースを一目で振り返ることができ、この事件はどうなったんだ? と思いを馳(は)せ、考えることもできます。

 それが就職活動に役立ったかどうかはわかりませんが、当時の私は今の私より物事をしっかり考えていたのではないかと思います。今の方が情報収集は簡単ですが、それ故に自分の内に留める行為を怠り、目の前に流れてくる情報をかいつまんで誰かの意見を読んだだけで、自分で考えたつもりになっているのではないか、と恐ろしくもなります。

 家族と予定を共有する必要がなくなった白いカレンダーに、毎日の見出しを記してみようと、とりあえず今日の分だけ書いてみました。=朝日新聞2022年5月25日掲載