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フルポン村上の俳句修行 すべて暑さのせいにして

 「抽斗をひけばひくほどゆがむ部屋」「ラクロスは兎の夢で出来てゐる」。一見したところ不思議、けれども「作者はこの景色を見て、知っている」気がする――。鴇田智哉さんが2020年に刊行した句集『エレメンツ』(素粒社)には、そんな作者の確かな視線が感じられる句が並んでいます。

 「僕は、自分の句は全部写生だ、って思っていて。いわゆる“写生”と違うところがあるとすれば、“見えたもの”と“見えた気がしたもの”は区別ができない、と考えています。実際、見えた気がしたのか、本当に見えたのかっていうのは、分からなかったりするんですよね。たとえば鉛筆があって、見えてはいるけれど、本当に見ているのかな、とか。だから、見えた気がしたものも写生していいだろう、って考えに基づいて俳句を作っています」

電柱で今日の私に出くはしぬ

 鴇田さんが俳句を始めたのは1996年。知人の親が結社誌を創刊した際に誘われて、未経験だったものの「おもしろそうかなと思って」参加したのがきっかけだったといいます。それでも始めてから5年で、数々の優れた俳人を生みだしてきた「俳句研究賞」(月刊誌「俳句研究」の休刊に伴い、現在は休止中)を獲得し、俳句の世界に入ってゆきます。

鴇田智哉さん

 「言葉ってそれぞれ意味を持っていて、おもしろいと感じられたり不思議だなと感じられるときってありますよね。俳句は17音しかない中で、言葉を1回ひねることでおもしろさとか不思議さの最小単位が見られたり、見せたりすることができる。それが魅力かなと思っています」

「紙の犬」とは

 6月25日午後1時、鴇田さんが主宰する「biwa句会」に村上さんが訪れました。2015年に鴇田さんが創刊した俳句同人誌「オルガン」のメンバーや仲間と、その前年から月1回開いているものです。「あまり規制を設けたくない」という理由で、兼題はなく、無季の句もOK。この日は11人が参加し、5句ずつ持ち寄りました。村上さんが提出したのは、以下の5句です。

風鈴の配達状況確認す
切手色のクリームソーダタイプ音
蛸の足数ふ性愛知らぬ指
桜桃や傘にならないフラフープ
市役所の売店ピノと印紙買う

 「僕は句会をやる、ってことが大事だと思っていまして。俳句に限らず、表現において第三者の目に触れて意見を聞くことができるっていうのは非常に大事です。自分に返ってきて、考え直すこともできるし。それがないと俳句をやるのはむずかしいかなと思っています」と鴇田さん。集まった計55句から特選1句、並選4句を選び、一人ずつ披講していきますが、どの句にいくつ選が入ったかは関係なく、すべての句についてみんなでコメントをしていきます。中でも盛り上がったのは、以下の句でした。

片かげり車の去りて紙の犬 ごしゅもり
ハンカチを食べてゐるかに見える人 鴇田智哉
花どきを終え山法師根のうねる 四ッ谷龍
真つ黒な蛭の光れる昼間かな 藤原暢子

 「紙の犬」は「ペーパークラフト」「暑すぎて犬が紙に見えた」「白い紙で折ったすてきなもの」など、さまざまな解釈がありました。「ハンカチ」の句は、「ハンカチを使っている人の表情には隙がある」「マスクで口の周りが汗っぽくなる今をとらえている」「電車の対面に座っているくらいの人の距離で見ている感じ」など、たくさんの共感が集まりました。

フラフープは傘にならない

 村上さんの句にはなかなか選が入りませんでしたが、「桜桃や傘にならないフラフープ」が鴇田さんの特選になりました。

鴇田:これ、意味が分からないんですけど、おもしろいなと思って。桜桃ってサクランボで、「傘にならないフラフープ」はそりゃそうですよね。「ふらふうぷ」というかわいらしい音感。あれって道具ではあるけれど、シンプルなただの輪っかで、空間的にぽっかりしたイメージがある。

参加者:なんか、太宰感がありますよね。

鴇田:「桜桃」がね。もしかしたら小説にそんなくだりがあるのかなと想像したり(笑)。映像としてサクランボと傘とフラフープが配置されると非常にユニークな組み合わせだし、ぽかんとした虚無感と、人の可笑しみが混ざっているような感じ。

村上:これ、僕の句なんです。本当に意味はないんですけど(笑)。あえて、ちょっと日常の景色にない感じにしました。

残り時間で席題句会も

 3時40分頃に句会が終わると、5時までの余った時間で席題句会をすることになりました。森住俊祐さんが「腹」の字題、村上さんが「麦茶」の季語、橋本直さんがテーマ詠で「楽しい句」のお題を出し、20分で3句以上を作って提出します。村上さんが作ったのは以下の3句でした。

ポケットにコーンスリーブ夏季講座
ふで入れに入らぬ定規冷やし麦茶
部品めくペンギンの腹夏の空

 この日の2回の句会を通して最も多い、5人の選を集めたのは、藤原暢子さんの「糸取の気づけば歌のなかにゐる」でした。「糸取」は繭を煮て、生糸を取るという夏の季語。「この短時間でよくここまで作ったねと。どこまでリアルかというと、糸取りって仕事自体がなかなかないので、昔の日本というか、どこかの少数民族の村のなかの景色のようでした」とは橋本さんの特選句評でした。

 村上さんは「部品めく~」の句で2人の選を獲得。特選にしたごしゅもりさんは「よくよく考えると、ペンギンの腹ってぱかって取れるような感じがしていいなというのと、『夏の空』が効いている。水族館の冷房のある室内じゃなくて、外に出ているペンギン。そういう取り合わせがいいなと思いました」。

 この日は群馬県伊勢崎市で観測史上初めて6月に気温が40度を超えるなど、とにかく暑く、東京でも猛暑日に。誤字が頻発したのを暑さのせいにして笑いながら、句会は穏やかに進みました。みっちり4時間の句会に、村上さんも「俳句したー!」と大きな伸び。駅までの暑い道を、ゆっくりと帰って行きました。

【俳句修行は来月に続きます!】