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瓶の中の秘密 澤田瞳子

 瓶詰のジャムが好きなのに、一瓶丸々をなかなかうまく消費できない。瓶を開けた当初はパンに塗り、ヨーグルトに混ぜ、と毎日大切に食べるが、必ずどこかの時点で持て余し、最後はえいやっとケーキに混ぜて焼いて使い切る。その癖、旅先などで珍しいジャムを見るとつい買ってしまい、同じことを繰り返す。

 時には自作のジャムを煮もする。リンゴにイチゴ、庭に生(な)ったブルーベリー。ただ、時間をかけてことことと煮た割に、私自身はあまり自作ジャムを食べない。家族が平らげるのを眺めるだけで満足だ。

 思えば私が好きなのはジャムそのものではなく、何かを時間をかけて作ることそのものかもしれない。本来、保存のためとはいえ、生でも美味(おい)しい果物を手間暇かけて煮、別の食べ物へと作り変える行為はいかにも贅沢(ぜいたく)で、手間暇をそのまま瓶に詰めた感覚すら覚える。

 私が中学生の頃に亡くなった祖母は、生前、時々手作りの梅肉煮を作ってくれた。青梅をすりおろし、その汁を土鍋で数時間煮詰めたもので、笊(ざる)いっぱいの青梅から大匙(さじ)二、三杯しか採れない。腹痛時や食欲がない時など、ほんの爪楊枝(つまようじ)の先ほどを舐(な)めるとてきめんに効果があり、子供時代の私は事あるごとにそれを与えられて育った。とはいえ彼女が亡くなって後、我が家では梅肉煮はとっておきの品となり、大抵のことには使わなくなった。おかげであれから三十年が経つにもかかわらず、祖母が最後に作った梅肉煮はまだ陶器の小壺(つぼ)に入ったまま、食料棚の一角に置かれている。

 きっともう乾燥してしまい、およそ食用には堪えぬだろう。しかしそれでも祖母が大変な手間をかけて作った小壺の存在だけで、私は彼女の思いやその姿を胸に蘇(よみがえ)らせることが出来る。

 既製品のジャムであってもそれは同様で、それが完成するまでの時間と手間が瓶の中には詰まっている。その事実がひどく魅力的で、ついついまた新しいジャムに手が伸びる。=朝日新聞2022年6月29日掲載