『構造と力』以来の快作、と言っていいのではないだろうか。デリダ、ドゥルーズ、フーコーのあざやかな解説から始まり、最新の動向までツボを押さえて紹介してくれる本書は、かつて現代思想を「チャート式」に解説した浅田彰の本の後継の位置を確かなものとしつつあるように思う。実際、大学のキャンパスには、往時のように見せびらかしながら闊歩(かっぽ)はしなくとも、『現代思想入門』をカバンに忍ばせて歩く学生が確実にいるのだ。
実際、この二つの書物はよく似ている。『構造と力』は、時代の感性にドライブされた速度に片足で乗りながらも、他方ではその背後にかつての政治の季節の記憶を残すものであった。『現代思想入門』は、インターネットによってあらゆるものが地ならしされた2010年代以降の速度にやはり片足で乗りつつ、他方ではその速度に抵抗し、立ち止まり、「未練込みでの決断」をすることを教えてくれるのであって、著者はそれを現代において可能な政治的抵抗とも結びつけて論じている。
もちろん、違いもある。『構造と力』が現代思想の地図を鋭利に腑分(ふわ)けする解剖学者の仕事であったとすれば、『現代思想入門』はむしろ研究室の頼れる先輩のそれであって、ときには細かな背景や前提知識を、ときにはざっくりと読めるようになるためのコツを後輩に教えてくれる。要するに、『現代思想入門』は面倒見がいいのである。
『構造と力』の刊行からおよそ40年が経過し、現代思想は見せびらかすようなものではなくなった。それは良い変化だろうと思う。デリダ、ドゥルーズ、フーコー、さらにはその後の展開について、地に足をつけた研究ができる土壌も整ってきた。かといって、現代思想が退屈な古典になったわけではない。本書がヒットしたことは、政治とも切り結ぶ鋭さをもったアクチュアルな理論がいまだ存在しており、必要とされていることを教えてくれるのである。=朝日新聞2022年7月2日掲載
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講談社現代新書・990円=4刷8万部。電子版1万部。3月刊。「わかりやすい」のほか「励まされた」という声も多い。