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ワケあり物件に10年住み続けて感じたこと 松原タニシさん「事故物件怪談 恐い間取り3」インタビュー

松原タニシさん=撮影・北原千恵美

「知りたい」という思いに突き動かされて

――松原さんは2012年に「事故物件住みます芸人」としての活動をスタートしています。事故物件に住み続けて、今年で10周年ですね。

 まさかこんなに長く続くとは。僕は「北野誠のおまえら行くな。」というテレビ番組の企画で、事故物件に住むようになったんですけど、それが仕事になるとは予想もしていませんでした。正直、10年経っても何かをなし遂げたとか、何者かになれたという感じはないんです。怪談を書く人でもないですし、お笑い芸人としてブレイクしたわけでもありませんし。

――しかしここ数年、さまざまなメディアで事故物件が取り上げられるようになりました。これは間違いなく松原さんの影響が大きいと思います。

 そこは僕だけの力じゃなくて、『事故物件怪談 恐い間取り』を亀梨和也さん主演で映画にしていただいたことも大きかったですし、たまたま事故物件にスポットがあたる時期に重なっていただけという気もするんです。世の中が超高齢社会になって、一人暮らしのお年寄りが増えてくると、当然自宅で亡くなる方も増えるじゃないですか。この10年でその問題が注目されるようになった、という面もあると思いますね。

――この10年、松原さんは「事故物件に住んだらどうなるのか?」という私たちの疑問を、身をもって検証し続けてくれました。唯一無二の活動だと思います。

 いやいや、唯一無二ではないと思いますよ(笑)。特殊清掃をされている方とか、事故物件の持ち主の相談に乗っている業者さんとか、日常的に事故物件に関わっている方はたくさんいますから。僕はたまたま芸人として事故物件に住み続けて、それをメディアで発信する立場にありましたけど、別に珍しいことじゃないです。

 人間、たいていのことには慣れてしまうんですよ。事故物件に住み始めた頃は、絶対無理やろと思っていたんですけど、住んでいると怖いのが日常になってくる。たいていのことでは、驚かなくなってくるんです。何度も不思議な目に遭いましたし、以前より霊的なものを信じるようになりましたが、命を落とすようなことはなかった。気持ちの問題も大きいな、と思います。

――そのあたりの率直さが、『事故物件怪談 恐い間取り』シリーズの面白さですよね。登場する物件自体はたしかに恐ろしいし、不思議なことも起こっているのに、怖さを煽るような本にはなっていません。

 僕は怪談の人じゃないんでしょうね。商売として怪談を語るなら、事故物件に住んでこんな恐ろしい目に遭った、こんなに不幸になったと煽るべきなんでしょうけど。そういうのには興味がない(笑)。

 それよりも事故物件に住んだらどうなるのか、起こるとしたら何が原因なのか、土地の因縁なのか住人の性格か、そういう話題に関心があるんです。分からないからこそ、知りたいし体験してみたい。そこが一番のモチベーションになっています。

殺人現場の家で感じた、かつてない怖さ

――新刊の『事故物件怪談 恐い間取り3』は、事故物件住みます芸人の活動をレポートするシリーズ第3弾。今回も高齢者が孤独死した団地や、男性が首吊りしたマンションなど、松原さんが住んできた事故物件が、間取り図つきで紹介されています。

 今回は一軒家に住んでみたいというテーマがありました。10年も住んでいると、ちょっとやそっとの事故物件だと普通に生活できてしまうんですね。じゃあ何がまだ克服できていないだろうと考えていたら、知り合いの不動産屋さんから一軒家で、複数の人が亡くなっていて、血痕が残っているという事故物件を紹介されました。

 さすがに無理なんじゃないかと思いましたけど、これを克服したら自分の中で何かが変わるなという確信もあって。こうなるともう仕事じゃないですよね(笑)。どういう心理なのか自分でもよく分からないですけど、乗り越えておきたいなと。

――それが14軒目に借りた事故物件。兄弟間のトラブルで殺人事件が起こり、犯人が自殺したという一軒家ですね。文章で読んでいても恐ろしいですが、ここに足を踏み入れるのは相当勇気が必要だったのでは?

 第一章の冒頭に書いたとおりで、めちゃくちゃ怖かったですね。あの「内見メモ」という文章は、14軒目に初めて足を踏み入れた時のメモを、そのまま掲載しているんです。

 正直、心霊的なことよりも、ご近所の目が怖かったです。これまで住んできたマンションやアパートに比べて、一軒家ってまわりが静かなんですよ。深夜出入りしているのがばれたら、警察を呼ばれるかもしれないし、事故物件住みます芸人が引っ越してくることで、近隣住人が忘れようとしている悪い記憶を、刺激してしまうかもしれない。幸せに暮らしている人の生活を壊してしまいそうなのが、実は一番怖かったですね。

――事件現場となった家の中には、あちこちに赤黒いシミがついています。松原さんは血痕のついたトイレに座って、「また一つ怖いものがなくなった気がする」と感じられたと。

 以前心霊スポットといわれる某神社の石段を登っていたら、背後からザザッ、ザザッと足音のようなものがついてきて、ものすごく怖かったんですけど、その直後簡易トイレでおしっこをしたら、あたたかい湯気が立ち上って、生きているって強いな、という気がしたんです。今回もそれの延長で、血痕の飛び散ったトイレで用を足すことで、死に打ち勝つことができると思ったんです。

事故物件が〝救い〟になることもある

――「第二章 不幸と事故物件」「第三章 不思議と事故物件」「第四章 霊感と事故物件」と題された3つのパートには、松原さん以外の人々の事故物件怪談が収録されています。どうして人は事故物件に住んでしまうのか、というテーマのドキュメントになっていますね。

 この10年間、怪談をいろんな方から聞かせてもらいましたけど、どうも人が死んだ部屋に住んだら幽霊が出た、という単純な話ではないんですよね。たとえば霊感がある方というのは、子供の頃に事故に遭ったり、大病をしていたり、家庭環境が複雑だったりする方が多いように思います。その背後にどういう理屈があるのか、と言われると分からないんですけど。複雑にいろんな要素が絡み合って、事故物件怪談というのが生まれているんじゃないかという気がする。

 一番読んでほしいのは二章の「不幸と事故物件」なんですよ。事故物件も怖いけど、そこにいたるまでの人生も複雑で、ちょっとどう言っていいのか分からない体験談もあります。最終的には不幸に打ち勝ってきた人たちなので、個人的にはすごく学びがあったんですが、かなりヘビーな話ですよね。読者がマイナスの気持ちに引っ張られないといいなと。そこは気をつけて書くようにしています。

――確かに二章は悲惨な体験が多いですね。そういう人たちにとって、超常現象は一種の救いになっているのかな、とも感じました。

 そうなんです。僕はこれまで事故物件や幽霊を、悪だと決めつけるのはおかしいと思っていたんですよ。ただいろんな体験談を聞いてみて、事故物件に住んだせいで不幸になった、と納得することで、逆にポジティブになれたりもするんだなと。脳の仕組みか、霊的なものなのかは分からないですけど、そういうよく分からないものがあると信じることで、ぎりぎり耐えていけるという側面もある。人ってすごいな、と思いましたね。

亡くなった人の人生を肯定したい

――『事故物件怪談 恐い間取り』は、松原さんの心の変化が刻まれたシリーズでもありますよね。はじめは恐怖の対象だった事故物件が、少しずつ理解可能なものに変わっていき、それにつれて死生観も変化していきます。

 1巻目はストレートな怪談で、2巻目はでも現実も怖いよねという話。3巻目はその怖くて複雑な現実をどうやって乗り越えていくか、みたいな話になりました。思いのほかハードな話が多くなりましたけど(笑)。ただ読んで、気持ちが落ち込むようなものにはしたくなかった。

 死については2016年に「5年のうちにすべてを失う」とある方に忠告されたこともあっていろいろ考えましたね。5年目にあたる2021年には、自分のお葬式的なイベントも開催しましたが、イベントを通して「死ぬってこういうことじゃないな」ということが分かった(笑)。生死について考えたことが、今回の本にも反映されていると思います。

――『恐い間取り3』には、孤独死したおばあちゃんの匂いに懐かしさを覚える、というエピソードがあって、しみじみしました。事故物件で亡くなった人への視線が、松原さんはフラットで温かいと感じます。

 そこで亡くなった人の人生を、肯定しようと思っているんですよ。確かに誰にも看取られず、孤独死したり殺されたり自殺したりしたかもしれないけど、それはあくまで人生の一部であって、その人のすべてではないですよね。僕の知らない人生のエピソードがあって、楽しいこともあったはずです。だから僕はあなたのことを特別視しません、幸せに最期を迎えた人と同じように対応しますよと。そう考えたら、大抵の事故物件は住めるようになるんです。

 逆に怪談を語ろうとするなら、住人の人生を否定しないといけませんよね。この人はめちゃくちゃ不幸な一生で、だから怖い幽霊になったんですと。そういう話が求められるのも分かるんですが、自分ではやりたくない。だから怪談業界でも居心地が悪いんですけど(笑)、まあそれも仕方ないかと思っています。