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気になる 柴崎友香

 配信でアメリカのドラマばかり観(み)ている。ある人がツイッターで紹介していた作品を観てみたらおもしろくて、そのスピンオフから同じプロデューサーの作品に次々はまった。消防、警察、病院、そして最新作はFBIを舞台にしている。

 気になり始めたのが、警察やFBIが容疑者の家や隠れ家に突入するときに登場する「棒」である。防弾チョッキを着た刑事や捜査官が、壁伝いにドアへ駆け寄る。周囲には重装備の特殊部隊員たちがいて、その中の一人が黒い筒みたいなのを持って先頭に出てくる。それには持ち手がついていて、勢いをつけて突いてドアをぶち破るのだ。

 ちらっと映るだけの、なんの説明もない場面だ。ドアをぶち破るためだけの、他に何の使い道もなさそうな道具があることに感心するのもある。突入場面のリアルさを追求して短い時間で律儀(りちぎ)に描く演出が上手いと思うのもある。配信でまとめて何話も見過ぎてやたらと目についてしまうのかもしれない。ともかく気になると、とりあえず検索する。

 確かにそのような道具がある。日本の警察にも配備されているようだが、日本は玄関ドアが外開きだからあまり使えないと書いてある。ほんまや。と、あまり考えたことがなかった玄関ドアの向きについて検索する。欧米では防犯上、侵入者に対して閉めやすいように内開きとの説明がある。日本は玄関で靴を脱ぐので内開きだと邪魔になる。ほうほう。

 こうやってドラマで映っている細部(食べ物や習慣なども)が気になって、検索した先からさらに気になることが出てきて、肝心のドラマが一時停止のままになったりするが、子供の頃からいつもそんな感じで夏休みの旅行先では屋根瓦の形が気になって分類を作ったこともあった。

 日本語字幕に英語音声にしているので、突入するときの英語は覚えたが、使う機会はなさそうだ。そういえばこういうときの「気になる」って英語でどう言うのだろうかと調べ始めて、原稿も一時停止に……。=朝日新聞2022年8月10日掲載