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「汝、星のごとく」書評 血に縛られる人生 「正解」とは

評者: 藤田香織 / 朝⽇新聞掲載:2022年08月13日
汝、星のごとく 著者:凪良 ゆう 出版社:講談社 ジャンル:日本の小説・文学

ISBN: 9784065281499
発売⽇: 2022/08/04
サイズ: 352ページ

「汝、星のごとく」 [著]凪良ゆう

 「自分の人生を生きることを、他の誰かに許されたいの?」
 印象的な描写や台詞(せりふ)が多々ある物語のなかでも、とりわけ胸の深くに刺さった一文である。
 一昨年『流浪の月』で本屋大賞を受賞した凪良(なぎら)ゆうの新刊は、瀬戸内の小さな島に暮らすふたりの高校生の十五年にわたる葛藤を描いた長編作だ。
 父親が島外に住む恋人のもとから帰らず、憂鬱(ゆううつ)に塞ぎ込む母親とふたりで暮らす暁海(あきみ)。島で唯一のスナックを営み、一時たりとも男なしでは生きられない母親をもつ櫂(かい)。娯楽がない故に噂(うわさ)好きな島民たちの格好の餌食となる事情を抱えたふたりは、「同じ群れの仲間」として惹(ひ)かれ合い卒業後は東京へ出ようと決意する。
 男に依存し、小学四年生の自分に金も食料も渡さずに半月も帰ってこなかった母親に振り回される暮(くら)しと縁を切りたいと願い続けてきた櫂は、既に漫画原作者として自立するめどを立てていた。しかし、奨学金を得られるほど優秀でもなく、明確な将来の夢もない暁海は、常軌を逸していく母親を見捨てることもできず、島に残る。
 〈捨てたくても捨てられないゴミのような経験を物語に活かして〉人気商売の最前線で戦い続ける櫂が住む世界。心身を病んだ母親を支え、家事をこなし、生活のために働き、数え切れぬ理不尽をのみ込み続ける暁海の住む世界。成功、希望、挫折、絶望。それぞれの場所で歳月を重ねていくふたりの気持ちは、次第にすれ違い始めるのだが――。
 おそらく、多くの読者が血に縛られ、諦めることが習い性になった暁海と櫂が、どうか幸せであるようにと祈るように読み進めるだろう。けれど、それが彼らの願う幸せだとは限らないことに気付かされる。
 「普通」や「あたり前」とは誰が決めるのか。自分の心を揺らす正体は何なのか。人生の「正解」はどこにあるのか。息苦しさを脱する答えがここにある。
    ◇
なぎら・ゆう 滋賀県生まれ。作家。『流浪の月』で本屋大賞。『滅びの前のシャングリラ』『美しい彼』など。